礼儀作法と日本人の姿

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名作「東京物語」に代表される小津安二郎監督の映画を愛する人は、今でも多いものです。
小津作品は、日本人だけでなく海外の人たちをも魅了しています。
その映画に鮮やかに描き出されている「東京物語」の世界は、かつての美しい日本人の姿です。
その美しさの源はどこにあるのかというと、礼儀作法なのです。

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美しい日本人の姿とは

子供が父親や母親に敬語で話をし、家の中でもきちんと身なりを整えて親と接する。
食卓では、両親が食べ始めるまでは誰も箸に手をつけない。

このような敬いの心と表わし方が、日本の家庭では基本的にしつけられ、整えられていたのです。
小津監督の映画作品は、気品に満ちたしつけの伝統がほんの数十年前までは、日本のどの家庭にもあったことを物語っています。

礼儀作法の行き届いた人だけがもつ深みのある温かな美しさは、日本人の特質といってよいでしょう。
世界では、このような人を文化度の高い人と称して敬います。日本のこの高い家庭教育文化に感嘆した外国人は数多くいました。

美しい日本人の姿を欧米諸国に紹介した外国人

明治時代に日本を訪れ、美しい日本人の姿を本にまとめて欧米諸国に紹介した人たちもいます。大森貝塚を発見したモースもその一人です。その一節をご紹介しましょう。

「驚くことには、また残念ながら自分の国(アメリカ)で人道の名に於いて道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにもっているらしいことである。衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべての自然物に対する愛、あっさりして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情についての思いやり……これらは恵まれた階級の人々ばかりではなく、最も貧しい人々ももっている特質である」 
(『日本その日その日』E・S・モース 平凡社)

欧米のように異文化の人たちが集まる国では、誰もが気持ちよく過ごすためにも道徳という観念が必要とされ、子供の頃からたたき込まれていきます。
しかし、かつてのアメリカでは、道徳教育は主に上流階級層で行うものであったために、日本では国の隅々までみんなが道徳観念をもっているらしいことにモースは驚いているわけです。

※【大森貝塚】1877年(明治10年)6月17日に横浜に上陸したアメリカ人の動物学者・エドワード・S・モースが、6月19日に横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見し、政府の許可を得た上9月16日に発掘調査を行った。助手ら3人とともに土器、骨器、獣骨を発見し、9月29日にも訪れ、10月9日から本格的な発掘を行った。
1955年(昭和30年)3月24日には、国の史跡に指定された。モースらの発掘した貝殻、土器、土偶、石斧、石鏃、鹿・鯨の骨片、人骨片などの出土品は東京大学に保管されており、1975年(昭和50年)に全て国の重要文化財に指定されている。

礼儀作法の心は、本来誰にも備わっている

モースと同じように、美しい日本人の姿を欧米に紹介したのがラフカディオ・ハーンです。『日本瞥見記』をはじめ、『東の国から』、『異国情趣と回顧』、『日本』などの著作があります。
ハーンが見た世界は、思いやり、愛情、感謝の心が身に備わった日本人の礼儀作法そのものです。

※【日本瞥見記】
ラフカディオ・ハーン(1850-1904)の来日第一作で2巻からなる。表紙が竹のデザインで出来ているのでハーンはこれを竹の本と呼んだ。1894(明治27)年にハウトン・ミフリン社から出版された本書は来日直後の最も鋭敏、最も新鮮な印象、観察を迫力に富む簡潔な文体、時に絢爛たる表現をもって描写している点で、後続の他の著書にも見られない特徴がある。
ハーンの日本陶酔時代の作品として、明るく、たのしく、すべてが美しく見えた松江時代の記述が大半を占めているが、内容を分類すると松江時代に関するもの12章、日本人の生活、習慣に関する随筆紀行6章、熊本時代に関するもの2章等で、「盆踊」、「神々の首都松江」、「杵築-日本最古の社殿」 (注:出雲大社参拝記)、「英語教師の日記から」、「日本人の微笑」、「さようなら」 (注:尋常中学校生徒との別れのことば) などが名章となっている。1894年12月7日付の手紙で西田千太郎(尋常中学校教頭)に、この著書が発行後、すでに1,800部売れたとその結果を喜んで知らせている。

こうした外国人の評価からも、私たち日本人の遺伝子の中には、礼儀作法の血というものが深く組み込まれていると考えられます。

礼節の心は日本人の誰にも備わり、ふるまい方も、誰もが知っている

自然と人間との共生を常とし、すべての命を大切にし、周囲の人も自分をも敬うというこうした礼儀作法の精神性が、古くから宿っていたのです。

こうした日本人本来の姿は、今日、国際人として適用するどころか、まさに世界で誇るべきお手本であり、深い精神性と文化的な美点を体現したものだといえるでしょう。

礼節の心は日本人の誰にも備わり、それにもとづくふるまい方についても本来、誰もが知っているはずです。
すでに私たち一人ひとりが、人として、国際人として望ましい品性をもっているのです。ですから、よりよい人生や社会を願うなら、そのことを思い出し、この礼節の遺伝子をオンにすればよいのではないでしょうか。

個人と社会の双方のモラルが根底から揺らぐ今だからこそ、「日本人の礼儀」についても、その歴史を遡ってみることが大切です。

それがどのようにして生まれ、その美しい精神性がどのように培われてきたのかをよく理解することが、自分という存在と日本という国の素晴らしさを知ることにつながるからです。

礼儀作法は、いうまでもなく人が行うものですから、それを知るということは、人というものを知ることにはかなりません。ですから、「日本の礼儀作法とは何か」ということであれば、「自分とは何か」「日本人とは何か」を考えることとまったく同じなのです。

日本人なら観ておきたい。
小津安二郎の映像作品の紹介はこちら→

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