神懸かりと禊の儀式

神懸かりと禊の儀式

古い民族信仰の儀式などをモチーフにした物語やファンタジーの中で巫女やシャーマンたちが祈りの中で「神懸かり」の状態になってお告げを告げる場面がよく描かれます。現代でも東北に伝わっている「イタコ」の儀式もそのひとつかもしれません。
この世に存在しない霊的な者の魂を自分に憑依させる行為は、日本だけでなく世界各地にあります。
そして「神懸かり」は「禊」の儀式とは切り離すことはできません。
その意味や由来と、現代に生きる私達が守っていかなければならない伝承を考えてみましょう。

目次

禊(みそぎ)で祓い、物忌み生活により神が懸かる状態

禊は、罪や穢れを祓うための浄化儀式で、物忌み生活は神聖な状態を保つための一時的な禁忌を守ることです。具体的には、身体や心を清め、神聖な場所や行事に参加する準備をすることです。

古くから日本人にとって禊は、自己浄化やコミュニティの調和を保つための重要な意味を持ち、精神性や価値観において、自然や神々とのつながりを大切にする姿勢が儀式の中に反映されています。

日本の文化や宗教には、穢れや浄化の概念が強く根付いています。たとえば、神道では神聖な場所や対象には穢れを持ち込まないようにすることが重視され、仏教でも身体についた穢れを清めるための儀式が行われます。

日本の歴史的背景として、疫病や災害が頻繁に発生し、それらを防ぐために穢れを避ける文化が生まれたとも言われています。そのため、日本人は穢れを恐れる傾向があります。具体的には、身体的な汚れや不潔なもの、病気や死、性的なものなどが穢れとされ、それらに触れることを避けることが多いです。ただし、現代では穢れに対する価値観も多様化しており、その考え方には個人差もあります。

血のケガレ、死のケガレは特に忌み嫌われ、出産のケガレを「白不浄」、生理のケガレを「赤不浄」、死のケガレを「黒不浄」といい、お産をしたばかりの女性、生理中の女性、身内に不幸のあった者は、一定期間、祭りに参加することも、神域に近づくことも許されなかった。

今日でも、祭りが近づくと村や町の境に榊(さかき)を立てたり、幟(のぼり)を立てたり、注連縄(しめなわ)を張ったりすることで外部のケガレが遮断され、村や町中が物忌みすることができ、祭りの当日には地域全体が神域となると信じられています。

社会や文化の変化に伴い、人々が穢れや不浄とされていたものに対する価値観が多様化しています。
例えば、宗教や風習、環境問題などの影響で、人々が穢れや不浄とされていたものに対する見方が異なるようになることを含みます。
たとえば、かつては女性が生理中に触れたものや、動物の死骸、排泄物などが穢れとされ、避けられるべきものとされていましたが、現代では人権保護や自然環境への配慮など、その人が見る観点によって様々な価値観が容認されるようになっています。

神懸かりとは

「神懸かり(かみがかり)」とは、神が人間に宿り、人間の体を通して神の意志や力が表現されることを指します。日本では、神道や一部の仏教において、神懸かりは重要な宗教的体験の1つとして認識されています。

神懸かりについては、怖いと感じる人もいるかもしれませんが、一般的には神秘的で神聖な体験とされ、恐怖や不安を感じる人は少ないと思われます。ただし、神懸かりの体験には、神との交流によって強いエネルギーが発生するため、自らの体力をとても消耗します。

神懸かりは、誰でも経験できるわけではありません。神社や寺院などで神道や仏教の修行を積んでいる信仰心の強い人が、神懸かりを体験することできます。しかし、神懸かりは偽物の場合もあり、信仰に関する詐欺やトラブルに巻き込まれることもあるため、注意が必要です。

穢れを払うためには、祓い(はらい)という儀式があります。祓いは、悪い霊や邪気を祓い清めることを目的として行われます。祓いには、神社や寺院での祓い、また個人的な祓いとして身体を水で清めたり、お香を焚いたりすることがあります。

しかし、穢れを払うためには、祓いや神懸かりなどの宗教的な行為だけでなく、自己の心身の健康を保ち、清潔で健康的な生活を送ることが大切です。また、周りの人々に対して優しく思いやりを持ち、善行を積むことも、穢れを払う上で大切な要素となります。

「穢れ」の語源

「穢」の字源は、「敝」(へつ)という漢字で、「剝がれ落ちる」という意味があります。そして、「穢」の字は、本来「衣服が汚れる様子」を表す漢字でした。後に、「穢」の字は「不浄なもの」という意味を持つようになりました。

また、「れ」という接尾辞は、動詞の活用形で、動詞の基本形につけることで「~された状態」を表します。例えば、「汚れ」という動詞に「れ」をつけると「汚れれ」となり、「汚れた状態」という意味になります。

以上のように、「穢れ」という言葉は、「汚れた状態」や「不浄なもの」という意味を持ちます。また、「穢れ」という言葉は、宗教的な意味合いで使われることがあります。例えば、神聖な場所や神聖なものに不浄なものが触れた場合、それを「穢れ」と呼びます。

「禊」の語源

「禊」(みそぎ)という言葉は、古代日本の神道や風習に関連する言葉で、身を清めるための儀式や行事を指します。禊の語源は、漢字「禊」自体の由来や字源は明らかではなく、諸説あります。

語源に関しては、古語の「御祓(みはら)」または「禊ぐ(みそぐ)」という言葉が由来とされています。「御祓」は、神に対して穢れを祓う行為を表し、「禊ぐ」は、水を使って身を清めることを意味しています。

もう一つの説は『水滌ぎ(みずそそぎ)』や『身清ぎ(みすすぎ)』であるとされています。『罪』や『穢れ(けがれ)』を取り除く『身削ぎ(みそぎ)』が由来とする説。

また「禊」という文字は『禊』は、神様を意味する『しめすへん』と約束という意味の『契』が組み合わさった漢字です。『神様との約束のために身を清めること』という意味があります。
『しめすへん』は、もともと『示』でしたが、『ネ』に変化し、現在は2通りの部首が使われています。

以上のように、禊は古代の神道や風習と関連して身を清めるための儀式や行事を指す言葉として、日本文化において重要な意味を持っています。

禊によって肉体が変化し神懸かり状態になる

禊の修行をすることは、さらに厳しい物忌み生活をおくることになり、普通ではない精神状態、つまり「神懸かり」しやすい状態になります。

物忌みというと、とかく禁忌の厳しさが目立ちますが、人間にとっても自分の心身を一新することができ、神の霊力を分け与えてもらえるのだから、めでたいことであり、ありがたいことだと考えられます。

※物忌みとは、公事、神事などにあたって、一定期間飲食や行動を慎み、不浄を避けること。

妖怪の伝承は、厳しい物忌み生活から逃亡させないために生みだした嘘?

正月や12月8日、2月8日は「コトの日」と呼ばれ、事始め、事納めの日などに、村中が、山入りや夜の外出を慎み、仕事を休み、家で静かに物忌みをするという地方は多い。

この戒めを破って夜外出し、神主の夜行に会うと「いすくみ」(金縛りのこと)になるとか、「やぎようさん」という魔神がいるといって恐れる地方があります。

仕事をしてると「ようかぞ」というお化けが出るとか、ミカワリ婆さんという妖怪が出るなどという地方もあります。

禁忌を守らせるための戒めが、禁忌を侵すことへの恐れをもたらし、その恐れが妖怪を生み出したものと考えられています。

妖怪とは、日本の伝承や民話に登場する、人間とは異なる姿を持つ超自然的な存在です。妖怪には、悪意を持つものや人間を悩ませるものもいますが、中には人間に恩恵を与えるものもあります。

ここで、神懸かりと妖怪の関係性について考えてみましょう。神懸かりは神の使いとされ、神が宿ることで超自然的な力を得ることができます。同様に、妖怪も超自然的な力を持つ存在であり、人間に恩恵を与えたり、悩みを解決することができます。

また、神社や寺院などには、妖怪が祀られている場合があります。これは、妖怪が地域の守り神や護り神として信仰されているためです。神社や寺院で妖怪が祀られている場合、神懸かりと妖怪が深いつながりを持っていることがうかがえます。

つまり、神懸かりと妖怪は、超自然的な力を持ち、人間に恩恵を与える存在として、一定の関係性があるといえます。ただし、神懸かりは神が宿り、神の使いとして神業を行う存在であるのに対し、妖怪は超自然的な力を持つ存在であるため、本質的には異なる存在です。

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