困難に直面しても「火中の栗を拾う」意味とは・・・

困難に直面しても「火中の栗を拾う」意味とは

「火中の栗を拾う」とはどういう意味でしょうか?文字通りに解釈すると、火の中にある栗を手で拾うということですが、これは非常に危険な行為です。

しかし、このことわざは、文字通りの意味ではなく、比喩的な意味で使われます。比喩的な意味では、「火中の栗を拾う」とは、自分の利益や名誉のために、他人が恐れて避けるような困難や危険な仕事を引き受けるということです。つまり、自分がリスクを負って行動することで、他人に感謝されたり、評価されたりすることを期待するということです。

目次

「火中の栗を拾う」は、挑戦者への敬意か?それとも皮肉か?

危険な仕事や難しい状況に挑戦する人を揶揄する場合は、「あいつはいつも火中の栗を拾ってばかりだ」と言います。自分自身が危険な仕事や難しい状況に挑戦する場合、「今回はあえて火中の栗を拾ってみるか」と言います。
哀れなやつだと言わんばかりの眼差しでこの言葉を使われると、逆に火中の栗を拾える気概もない弱いやつだと言い返したくなります。でも結果が悪ければとても悔しくなります。

逆になんて無謀なやつだ!とその行動に呆れてしまわれるような感じもします。いずれもあまり良い印象ではない言葉のような気がします。

「火中の栗を拾う」ということわざは、どんな場面で使えるでしょうか?一般的には、自分や他人が「火中の栗を拾う」ような状況にあるときや、そういう状況に対して評価や感想を述べるときに使います。例えば、

  • 「彼は会社の倒産を防ぐために、自ら社長に就任した。まさに火中の栗を拾ったと言えるだろう」
  • 「私はこのプロジェクトを成功させるために、一人で残業して作業した。でも誰も私の努力に気づいてくれなかった。火中の栗を拾ったばかりだ」
  • 「彼女はクラスの代表に立候補したが、みんなから反対された。火中の栗を拾おうとしたが、失敗したね」
  • 彼は部長から無理難題を押し付けられても、文句を言わずに引き受ける。まさに火中の栗を拾うようなものだ。
  • 彼女は友人の借金を肩代わりすることにした。友人は感謝するどころか逃げ出してしまった。彼女は火中の栗を拾ったばかりに苦労することになった。
  • 彼は社会問題に積極的に取り組む活動家だ。批判や脅迫にも屈しない。彼は火中の栗を拾う覚悟で生きている。

このように、「火中の栗を拾う」ということわざは、自分や他人が困難や危険な仕事を引き受けたことを表現する際に使えます。

江戸時代から使われる「火中の栗を拾う」という言葉

「火中の栗を拾う」ということわざは、江戸時代に日本に伝わったフランスの寓話「猫と猿」が由来とされています。

こ、17世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌが『イソップ物語』を基にした寓話で、ずるい猿におだてられた猫が、囲炉裏の中で焼けている栗を拾ったが、栗は猿に食べられてしまい、猫はやけどをしただけだったという話が元になっています。

江戸時代には、このことわざが日本語に定着し、「自分の利益にならないのに、危険をおかすこと」や、「あえて困難なことに身を乗り出すこと」を表す言葉として広く使われるようになりました。

なぜ「栗」なのか?

「火中の栗を拾う」という言葉の由来については諸説ありますが、ある説には江戸時代に栗を火中で調理する方法が一般的であったことから、その作業が危険であることから生まれたとされています。

江戸時代の食文化では、栗は煮たり焼いたりすると美味しいとされていました。そのため、栗を調理するためには火を使う必要があり、当時は火起こしの道具や調理器具が十分に整備されていなかったため、火事になることも多かったそうです。その中で、火中で美味しい栗を調理するという作業は、特に危険な行為であったと考えられています。

そのため、「火中の栗を拾う」という言葉が生まれ、今日まで広く使われているのです。ただし、この言葉が最初に使われた時期や文献によっては、「火中の饅頭を拾う」という表現が使われているものもあり、栗がなぜ選ばれたかについては明確にはわかっていない部分もあります。

社会的に成功したければ火中の栗を拾うべき?

いいえ、むしろ「火中の栗を拾う」という行動は、しばしば危険で、失敗や不利益を引き起こすことがあります。社会的に成功するためには、むしろリスクを適切に評価し、冷静かつ計画的な行動をとることが必要です。

たとえば、成功した起業家は、綿密な市場調査やビジネスプランを策定し、リスクを最小限に抑えながら自己啓発を追求します。彼らは、火中の栗を拾うような冒険的な行動よりも、より戦略的かつ計画的な方法を選択しています。したがって、「火中の栗を拾う」ということわざは、成功の秘訣ではなく、むしろ冒険的な行動を批判するために使用されることが多いです。

つまり無謀な行動であり、失敗するということ?

正確に言うと、無謀な行動であるため、成功することは限られているということです。例えば、火中の栗を拾うことで成功する可能性はありますが、それは非常にまれな例外的なケースであることが多いです。

一方、多くの場合、火中の栗を拾うことは危険であるため、結果として失敗や不利益を招くことがあります。成功するためには、リスクを適切に評価し、より戦略的かつ計画的な方法を選択することが重要です。

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