日本人と神社、身近にある神社と八百万神の起源を知っていますか?

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日本人の生活に欠かせないものって何がありますか?
物に例えると無限にあり、また人によって必要性が変わってくると思います。
でも心や精神性に例えると、全国民に共通するのは「神社」です。
どんな宗教を信じていようとも、日本人は生きていく上で「神社」は絶対に欠かせない存在です。

現在、日本全国に10万社以上の神社があります。
都会の景色のなかで、青々と茂る神社の杜(もり)を見て、ほっと心が安らぎます。

日本人は無宗教だなどと言われながら、これだけ多くの数の神社が古い時代から現代までまつり続けられてきました。
これを、神社になんらかの御利益があることによるものだと考える者もいるでしょう。

しかし、御利益を求める行為だけが神社を支えたわけではない。
近年まで、神社は一つの地域のまとまりの中心であった。
また、かつては多くの者が、現実的な利益ではなく、正しい心で生きられることを願って神社を訪れていました。
現代人はとにかくほとんどの国民が、情報の多様化と必要以上の保険などで<依存体質>に慣れきっていて、自らが築かなければならない人生に対しても、神様に依存してしまう異常な状態といえます。
今こそ神様との本来の接し方や作法を知ることが必要ではないでしょうか。

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八百万の神と多様な神社の成り立ち

日本では「八百万の神」という言葉にあらわされるような、きわめて多様な神がまつられています。
もっとも古い型の神々は、土地の守り神としてまつられたものです。

古代には、200人程度の血縁集団が村落をつくり、自分たちの団結の拠りどころとして土地の守り神を信仰していました。
このような神々が、その土地の氏神につながっていきました。

そして平安時代以降、あれこれの御利益を願ってはやりの神がまつられるようになっていきました。
さらに、近代には明治天皇を祭神とする明治神宮のような、近代の人間をまつる神社まで起こされました。
日本では、全ての事象に神様が存在するという考えがあるので、あらゆるものが神になりうるのです。

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皇室の日本統一の影響で皇族の祖先の家来になってしまった氏神たち

現在、神社本庁は伊勢神宮を別格のものとしたうえで、全国の神社を氏神神社と崇敬神社に分けています。

このなかの氏神神社は、一つの地域の守り神として公認されたものです。

神道の信仰は、自分が属する地域の氏神様をまつることからはじまります。
古代人は血縁集団ごとに思い思いの神をまつっていました。
かれらは自分たちの守り神を、世界でもっとも権威の高いものとみていました。

ところが3世紀末ごろから大和朝廷の全国統一がはじまると、そのような世界観は成り立たなくなりました。
村落を治める首長が、王家(のちに皇室となる)に従わされることになったからです。

5世紀には、中央の大王の下に出雲氏、吉備氏などの地方豪族がおり、さらに地方豪族の下に村落の首長が組織される形の整った秩序ができあがった。
しかし、この段階で王家は村落の首長が古くからまつってきた神々を否定して、全国の人びとに自家の守り神を拝ませようとは考えなかった。
つまり、皇室の祖先たちは武力を用いて日本に一神教を定着させようとはしなかったのです。
このため、氏神につらなる地方の神々は、すべて王家の守り神の親戚の神や家来筋の神とされました。
これによって、日本で多神教がとられることになりました。

朝廷から差別された私祭社

朝廷が地域の守り神として公認した神社の神だけが由緒正しい神であるとする考えは、江戸時代末ごろまでの皇室に根強くうけつがれていました。

北野天満宮のように平安時代にあらたに起こされた神社は、わざわざ朝廷に申請して勅許という形で天皇に天神様をまつることを認めてもらっています。
そのため、朝廷や武家政権の神社統制の場で、私的にまつられた神社が「淫洞」と呼ばれて差別された例も多い。

しかし、自分を助けてくれた不思議なものを神としてまつる者や、既存の神社の霊を私邸の庭などにまつる者も多かった。
そのような神社を拝む者からみれば、そこでまつられているものは、間違いのない神です。
そのため、近年ではそのような私祭の対象とされた神を「崇敬神社」と呼ぶようになりました。
日本では、誰かにまつられたものはすべてが神になるという考え方があります。

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以上、日本人と神社、身近にある神社と八百万神の起源を知っていますか?でした。

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