雨といえば六月から七月半ばまで続く、雨量の多くなる「梅雨」という言葉がすぐに浮かびます。
さらに夏から秋にかけては、入道雲から飛び出す「稲妻」も雨を伴う自然現象です。
また旧暦で考えると、なぜその漢字があてられたのかが納得できる言葉があります。
稲穂の実りを願う古代信仰が生んだ「稲妻」
黒い雲が広がったと思ったら、ピカッと光る稲妻は、季節で言えば特に夏に見られる自然現象です。
古代の日本人は、雷雨とともにひらめく雷光が、稲の結実の時期に多いところから、これを「いなずま」と呼びました。
「いなずま」は、漢字にすると稲の夫(つま)と書きます。
現代では「つま」の漢字は「妻」ですが、本来は「夫」の字でした。
その時は男女共通で配偶者を示す漢字として、用いられていました。
古代日本人の考えでは、稲が女性で、いな光りが夫という意味です。「つま」は、もともとは配偶者の意味で、女性にとっては男性を「夫(つま)」ともいいます。
だから「稲の夫(つま)」とは、稲が電光によって穂を実らせるとする古代信仰による言葉だったのです。
「稲の夫」が、なぜ稲妻と、妻の字になったのかは定かではありません。
さらに、「端」という言葉も「つま」といい、端にある戸を妻戸と書きます。
だから、稲の上に閃いて走る電光の、つま(端)の端が転じて、妻となったという説もあります。
旧暦の五月は梅雨時期にあたるのに「五月晴れ」という言葉はなぜできた?
五月晴れと聞くとゴールデンウィーク時期の晴天をイメージしてしまいます。
しかし、「五月晴れ」の「五月」とは、五月雨と同じように、陰暦の五月をいう。
だから「五月晴れ」は、梅雨の間のつかのまの晴れ間をいいます。
「時雨(しぐれ)」は過ぐるからできた言葉
時雨は語源のとおりに、ひとしきり降ってサッと通り過ぎる自然現象です。
「とおりすぎる」から転じて「しぐれ」になったのです。
秋の長雨と違って、音のしない降り方が特長。天気予報などで「夕方に少し時雨れるでしょう」といっているのを聞くことがあるが、これは時雨が降るでしょうの意味。
「梅雨」の由来は中国から
六月に入ると、やがてつゆ入りである。毎年、からつゆなのか長雨なのか、梅雨前線が気にかかるもの。
梅雨という言葉は、中国からきた言葉で、梅の実が熟すころに降る雨という意味。
家庭でも主婦が、出盛りの梅で梅干漬けや梅酒作りを手がける時期です。
降り続く長雨のためにじめじめとして、カビが生えやすいことから、つゆに「徽雨」の字を当てることもあるようです。
ところで、この「梅雨」と「五月雨」は同じもの。
「梅雨」という言葉が日本に入ってきたのは江戸時代、それまでは「五月雨」と呼んでいました。
五月という字が付くので意外な気もするかもしれないが、この五月は陰暦五月のことなので今で言う六月にあたります。
「五月雨は腹の中まで腐らさせる」という言葉も、つゆどきのこととわかれば納得がいきやすい。
芭蕉の句に「五月雨をあつめて早し最上川」、また「さみだれや大河を前に家二軒」「さみだれに見えずなりぬる小経かな」は、蕪村である。
「五月雨」の語源は金田一春彦氏によれば、「さ」は田植えのこと、「みだれ」は水垂れで、田植え時に降る雨という意味となっています。
また、金田一氏は昔の人が「五月雨」と「つゆ」と、同じ雨のことを二つの言葉としたところに、日本語の自然現象を言いわける細かさを感じさせられるという。すなわち、「さみだれが降る」といっても「つゆが降る」とはいわない。
五月雨は「雨」そのものをいうのに対し、梅雨のほうは、入梅という言葉があるように、六月の雨の降りつづく期間をさしているのです。