山で生計を立てる山師や猟師、海で生計を立てる漁師には昔から仕事に女性が同行することを嫌います。
理由は急に天候が崩れて遭難したり、思うように獲物が捕れなかったりするからです。
令和の時代になっていろいろな業種で女性が進出するようになっても、かたくなに女人禁制を守っている地域もあります。
なぜそこまで女性を避ける必要があったのでしょうか?
たいへん信心深い海の男たち
時々テレビなどで見る漁師の姿は、とても勇ましくて厳しい環境の中での魚との駆け引きに圧倒されます。
海を舞台として魚を獲って生計をたてている漁師や、貨物を船で運搬する船乗りなども、そんな類の仕事に従事する人々です。
「海の男」というたくましいイメージがある彼らの間で、いまだに頑なに信じられている迷信が、女性を船に乗せると時化に遭うので乗せるなというものです。これは日本に限らず、世界でも共通の迷信があるようですが、なぜ、船乗りたちは女性を船に乗せると時化に遭うと信じるようになったのでしょうか?
厳しい自然を相手に仕事をしている人は、先人たちが伝えてきた謂れや、霊的なものをよく信じています。
海の男たちは「船霊様」という船乗りたちの守護神を信仰しています。
この神様は「船玉」とも書き、「フナカミ」「オカタマ」「オッッサン」「イサム」「シザル」などと呼ばれています。
その呼び方から雄々しい男の神様を連想しがちですが、船霊様は女の神様です。
この信仰は古く、西暦760年ごろにまで遡ります。
元来は船を守るために巫女が入ったものと考えられ、その女性を指して「オフナサマ」といったためにこのようなタブーができたと考えられます。
船霊様は、新造船の船おろしの際、船大工によって船に納められ、船主によって祀られます。
小型の木造船だと、舳先(へさき)の船梁(ふなばり)部分に四方形の穴を彫り込み、そこに御神体を納めて蓋をします。
操舵室のある動力船の場合、操舵室内に神棚を設けてそこに船霊様を納めます。
船霊様の御神体として、男女一対の人形を納めるのが一般的です。
御神体のほか、いっしょに賽子(さいころ)、1文銭や中央に穴のある5銭玉、5円玉などの硬貨12枚(閏年は13枚)、女性の髪の毛、五穀(米・麦・小豆など)、日の丸の扇子を納めます。サイコロの場合は2つで、「天1地6、表3あわせ艫4あわせ、中にどっさり (5)」になるように据えられます。
船霊が女神だとされることから、白粉(おしろい)や口紅などの化粧品もいっしょに納められます。
出漁中にモリやツツからでる「ぢっちんぢっちん」という音は、神の垂れる(ソシル、イサム、シゲルという)、神託と捉られ、嵐や大漁を知らせるという伝承をもつところも多い。
船の女神が嫉妬しないためのルール
船内の柱の一つである帆柱には、人形や口紅、女性の髪などをご神体として奉っています。
船乗りたちが言い伝えにまでして、女性を船に乗せるのをかたく禁じてきたのは、この船霊様を意識したからです。
女性を乗せたことに船霊様が嫉妬してしまい、その怒りから時化が起こると、真面目に考えられてきました。
真っ黒に日焼けした男性らしい海の男でも、海の気まぐれな変化は恐ろしいものであり、何かにすがりたいという思いに駆られたのだろう。
長年積み重ねてきた人間の経験をもあざ笑うかのように、自然の猛威を振う海。そんな人智を超えた自然の圧倒的なパワーを前にすると、屈強な海の男たちも神様の守護を祈らずにはいられなかったことが、この迷信からも読みとれます。
ただ現代は木造船がFRPという樹脂繊維でできた船に代わり、GPSや魚群探知機などハイテク機器も発達したため、海難に合う確率も減り、漁もある程度の成果が予想できるようになりました。そのため船霊を祀る風習も消えつつあるそうです。