日本の心〜作法の伝道師 瀧澤先生の想い

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日本は島国の小さな国です。小さな島国ですが、季節が四つに分けられ、四季それぞれの豊かな自然を持つ風土があります。
隣国の朝鮮半島や中国から多くの人、物資、文化を受け入れて自国の文化を創ってきました。

目次

日本流コミュニケーションの原点

日本は、もともと小さな国のうえに山が多く人々が住める平坦な土地は狭く、どうしても限られてしまいます。その狭い土地に多くの人々がお互い気持ちよく生きていくには「思いやり」や「慈しむ」気持ちが大切になってきます。
それゆえに「江戸しぐさ」にもあるように、譲り合ったり、持ちつ持たれつの精神が生まれ、「しきたり」や「作法」として受け継がれてきました。

祈りの風習と日本人

はっきりとした四季があるので豊かな感性も生まれました。そして自然に神が宿るという精神が「祈り」の伝統行事を今に伝えています。
お人を思いやり、助け合う心。自然を慈しみ、大切にする心。我々人間も自然の一部と考え、神や仏を敬う心。大自然の前では無力だと悟る謙虚な心。
これらに表される我々の祖父母や父母の時代には常識といわれていたことが、現代では失われつつあります。

かつて、日本の国を訪れた外国人は、日本人の礼儀正しさ、弱者をいたわる心、親切心、誇りを失わない強さなどに深く感銘したと記録にも残されています。

現代はどうでしょうか。いつのまにか外国人のほうが日本のことを良く知っているといわれるようになりました。

便利さや合理性、物質的な豊かさを求めるあまり、私たちは大事なものを置き去りにしてきたのかもしれません。

今、ここで生まれた国、土地、家の良さを見直して誇りを持ちましょう。

堺商人の家系に生まれて・・・

我が瀧澤家は祖父の祖父の時代から堺に住んでいます。堺商人の家系です。
それゆえか、また、堺という土地柄か祖父は茶道、華道をたしなんでいたようです。空襲にあい、一切焼失した後、着物の洗い張りを細々と生業にしていたときもありました。

私が若い頃に母が着物を数枚作ってくれました。白生地を買い、見本帳をみて染めに出し縫ってもらいました。一枚の着物にそれだけの時間と手間をかけてこしらえてくれたことを思うと、着物を見るたびに胸が熱くなります。

また、私が20代の頃、何かというと白い家紋入りの袱紗を持たされました。
白い袱紗は周りに持っている人がいなくて、若い私は嫌がったものです。

作法会で勉強しだして、白い袱紗について親先生に訊ねたところ、昔は白を喪にも使っていましたのでおかしくはないのですよ、と教えてくださったのです。

何も知らない私は母に悪いことしたなと反省したしだいです。

白い袱紗は祖父が分家するときに祖父の親から贈られたものだそうです。
今はもう傷んで使えませんが、90年間我が家の人生の節目に登場してきた一枚の布は祖父母や両親、私たちの気持ちを包んでくれてきました。
一枚の布にも日本人は心を入れる民族だということを知って、また日本語の美しさや情緒あふれる季節の言葉に触れて、もっと日本のことを知りたいと思うようになりました。着付けを習い、作法会で学ぶようになり、10年たったら次は伝えていきたいと考えるようになり今日に至ります。

(瀧澤)

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