「お客様は神様です」も「その場をつくる一員」とわきまえれば、多くのことにねぎらいの言葉が出る

「お客様は神様です」も「その場をつくる一員」とわきまえれば、多くのことにねぎらいの言葉が出る

日本には以前から、お客様は神様とする素敵な感性があります。

これは日本人の美徳の一つといえるでしょう。働く1人ひとりにこの敬いの心があったことも、戦後、企業が大きな成長を遂げ、日本の繁栄を支えてきた一因ではないでしょうか。

しかし、一方でこの考え方は、自分はお客様だから何をしてもよいという勘違いを与える原因ともなったともいわれます。人は、お金さえあれば何でも手に入ると考えるようになると、わがままな心になってしまいます。

何か気に入らないと文句を言い、自分に合わせてほしいと自己中心的になり、思いやりの心が欠如するようになります。実は、プロトコール(公式な国際マナー)では、自分はお客様だからと横柄な態度でふるまうことは下品の極みで、大変恥ずかしいことと諌めています。

自分もその場をつくる一員だとわきまえてふるまうことが当たり前と考えるからです。ですから、欧米の方はレストランで従業員に水を注いでいただくだけでも、「サンキュー」と言います。1回だけではありません。係りの方から、何かをしていただいたら、そのたびに 「サンキュー」とお礼を言います。

自分もその場の一員だという気持ちがあれば、人から何かをしていただいたら、ごく自然にねぎらいの言葉が出るはずです。

そこにあるのは、一期一会の温かい心です。その心が欠如すると腐りの心が生まれます。

日本人には古来から、和の心がありました。「和を以って貴しと為す」とは聖徳太子の言葉です。1人ひとりが互いを思いやり、協力し合いながら円満な社会を築いていくことの貴さを説いています。そして、日本はこの言葉のように、根底に和の心をもち、日本の長い歴史を築いてきました。

「思」という字は、心が田んぼを支える様子を表わしています。1人ひとりの利の心が集い、稲作が行われ、社会が繁栄していく尊さを伝えています。この精神が、日本人の遺伝子には連綿と流れているはずなのです。

目次

お客様は神様であり、すべての人は平等。

だからその声にできるだけ耳をそばだてる企業が 「お客様」をどのように考えるのかについても、お国柄があるようです。

以前、テレビで見たある日本企業の例を紹介しましょう。

その会社は世界中にオーナーがいるので、彼らにも日本流の考え方を身につけてもらいたいと考えました。

まだ若い日本人経営者は、来日した各国のオーナーたちに「商品やサービスは、お客様の多種多様なニーズにいかに合わせるかを考えて企画し、開発しています」と説明しました。

すると、それを聞いた各国のオーナーたちは、誰1人納得しませんでした。「どうしてお客様に合わせなければならないのか。オリジナリティがなくなるのではないか」 と、疑問の声をあげたのです。

そのとき、日本人経営者は、次のように説明しました。「いえいえ、それは違います。日本には、お客さまは神様だという考え方があります。そして、それが私どもの会社の経営の柱です。この柱は崩せません。それに、すべての人は平等ですから、できるだけ意見を聞いてあげるようにしなければなりません。ですから、みなさんにもお客様に対して聞く耳をもって、なるだけ商品やサービスに反映してほしいのです」すると各国のオーナーたちは、みな一様にうなずいたのです。表現の仕方を変えて、物事のとらえ方を説明すると、好意的な反応が返ってきたのでした。

この若い日本人経営者は、人は自然界の一員であり、みな平等であるという日本の土着精神をきちんと引き継いでいるように思います。また、すべてのものには根底に人の気持ちがあり、それをつくった人の魂が宿っているという、日本のものづくりの原点をしっかりと認識しておられました。

今も、日本の大企業などのビルの屋上の一角に、神が祀られていることはめずらしくありません。これも日本古来からのものづくりの精神を表わしています。日本人は、新しいものが生まれ、育まれ、人のため、世のためになるという生命の循環を最も尊び、古来から大切に継承してきました。

現在でも、それが会社の姿であり、リーダーの姿であり、人びとの姿であることに変わりはありません。そして、その大自然、ご先祖様、ご神仏を祀ってある場所が神棚や仏壇です。

そして、今日も命あることへの感謝を込めて、手を合わせます。これもまた日本人と日本の礼儀作法の原点です。

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