「朝の蜘妹は吉、夜の蜘妹は凶」蜘蛛にまつわる言い伝え

セアカゴケグモ、ハイイロゴケグモなどニュースで注意を促すぐらい危険な毒蜘蛛が海外から日本に渡ってきています。そんな危険で悪いイメージを持つ蜘蛛ですが、本来日本人は蜘蛛と運勢を結びつけるぐらい神聖な昆虫でした。

幼いころに家に蜘蛛が出ると、「蜘蛛は家を守っているから殺したらあかん」と親や祖父母から言われたものです。

蜘蛛は神の使いと言われる反面、妖怪や怪獣のモチーフによく使われるという面もあります。

蜘蛛はどこでもいます。私達にとっては非常に身近な昆虫だからこそ、様々な伝承や迷信が生まれたのだと思います。その理由を探ってみましょう。

朝と夜で評価が一変する日本の蜘妹

「我が兄子(せこ)が来べき宵なり笹蟹の蜘妹の行い今宵験(こよいしろ)しも」。

この歌は古墳時代の初期に、衣通郎姫(そとおしのいちつめ)という高貴な方が詠んだ歌です。

朝、蜘妹が笹の根元で巣をかけている姿を見たので、これは吉兆であり、今夜こそは愛しいお方が訪ねてくるのに違いないという意味です。

愛しいお方とは天皇のこと。いかに高貴な女性だったのかが推測できるが、この時からすでに、朝の蜘妹は吉兆と信じられていたことがわかります。

朝の蜘妹を描いて、良い兆しだと感じたという話は『古今和歌集』『平家物語』の中でも紹介されています。

ところが、夜の蜘妹となると評価は一変します。

同じ蜘妹でも、夜に巣をかけてうごめいている姿は、悪い知らせとして日本人の間で定着するようになりました。

これを言い伝えたのが「朝の蜘妹は吉、夜の蜘妹は凶」という迷信です。

朝の蜘妹は、客人が来たり、恋人が訪れてくれる吉のサインであるほかに、「朝の蜘妹は金をもたらす」などと言われ、良い印とされてきました。

それゆえ、「朝蜘妹は親の仇と思っても殺すな」「朝蜘妹が巣をつくると、その日は晴天である」と考えるようになりました。

しかし、夜の蜘妹は不吉の前兆として語られてきました。

夜の闇の中で巣をはって、ソロソロと動く蜘妹は家に忍び込む泥棒にも似ていることから、「夜の蜘妹が出たら、明日来いといって追い出せ」「夜の蜘妹は親に似ていても殺せ」など、同じ蜘妹であるにもかかわらず、評価は全く違います。

夜の蜘妹にひっかけて「夜蜘妹(よくも)出たな」とつまみ出す風習もあるという。

日本昔話「喰はず女房」

「夜蜘蛛は殺せ」という伝承が語られるきっかけになった昔話があります。

題名は「喰はず女房」や「口無し女房」あるいは「蜘蛛女房」と呼ばれています。

【物語】

ある男が飯を食わない女房を求めていました。

しばらくして、その通りの理想の女が現れ、夫婦となりました。

しかし、飯を食べないというのに米が減るので、男は不審に思いました。

ある日、男は出かけた振りをして家を見張っていると、女は大きな釜で握り飯を作り、頭上の中央にある口に握り飯を放り込んでいるではありませんか。

女の正体は山姥だったのです。

これを知った男は、それとなく女を家から追い出そうとするが、その男の態度に自分の正体を知られたことを悟った山姥は、大きな桶に男を入れて山へ担いでいきました。

しかし、山へ着いたところで、男に逃げられたことを知った山姥は、今晩蜘蛛になり男を捕まえにいくと仲間に話します。

それを盗み聞きしていた男は、火を燃やして待ち構え、蜘蛛がやってきたときにすばやく捕まえ火にくべて殺してしまうのでした。(おしまい)

世界各地にある蜘蛛の印象

心理学の世界では、蜘蛛は陰湿な女性の象徴として語られています。

つまり「縛り傷つける女性」「束縛する母親」という意味になります。

蜘蛛の糸に絡まってもがいても動けない昆虫をみると、蜘蛛が「束縛」を意味するのもわかるような気がします。

ネイティブアメリカンの伝承では、蜘蛛は「知恵者」の象徴です。

蜘蛛がコツコツと美しい巣を作る過程から、「努力が成功につながる」という意味の象徴として語られています。

ヨーロッパでは、鬼蜘蛛の背中に十字架の模様があることに着目し、蜘蛛は「神から祝福された生き物」であり「幸運のシンボル」として大切にされます。

キリスト教では蜘蛛は「邪悪な存在」「罪深い衝動」の現れと解釈され、善良なミツバチと対極にある生物として忌み嫌われています。

インドでは糸を伝って上下降する姿から「自由の象徴」として語られています。