今、「引越しそば」の風習を知っている人はどれぐらいいるだろう。
年越しそばと勘違いされそうですが、少し前までは新たにお付き合いがはじまる近隣の人びとに、そばを届ける風習がありました。
現代では、引っ越しをした時には、タオルやお菓子などを挨拶回りに持参していると思います。
ご近所は、家族同様のお付き合いがあたり前だった
昔のご近所付き合いの姿は、他人であっても家族同然のつながりをもって互いに助け合う関係をつくりました。これは、地縁共同体と呼ばれます。
地縁共同体では、深い信頼関係で結びついていました。江戸時代までは、なにかコネがないと入れないこともあったようです。
地縁共同体に入らなければ、孤立してしまう
引越しそばの風習は、どのようなことがきっかけで起こったのだろうか。
かつて村落町内の人びとは、共同体の構成員の誰かの親戚もしくは特別に親しい友達でなければ、受け容れてもらえなかった。新しく地縁共同体の一員となった者は、もとからの構成員に対して最大のもてなしをしてお礼をした。これが、引っ越しそばの風習のはじまり。
地縁共同体の絆を深める共食の思想
土地の守り神に祝福された場で、近所の人と食事をしたり酒を飲むことがよくあります。それにより人と人との信頼関係がつくられます。日本には、古くからこのような共食信仰がありました。
一緒に同じ釜の飯を食べることで、他人であっても親戚に準ずるものとして扱われました。
時代劇などに出てくる兄弟分の固めの盃は、このような共食信仰の一つのかたちで「直会(なおらい)」と呼ばれるものです。
村落などの祭りのあとには、直会などとよばれる行事があります。祭りに参加した者があつまり、飲み食い語り合います。
このような直会は、地縁共同体の構成員のつながりを深める重要な場でした。
新たに引っ越してきた者の家には、その家の守り神がいると信じられていました。だから古くからの地縁共同体で、直会と同じ共食信仰にもとづいて新参者の家の守り神の前にあつまって飲食します。これで新参者を自分たちの地縁共同体に迎え入れるのです。
やがてこのような儀式が省略されて、新たに引っ越してきた者が餅をついて近所の家に持っていくかたちができました。でも都会では餅をつくことは難しいので、代わりに引っ越しそばを配るようになりました。
引っ越しそばや、引っ越しのあいさつの贈り物は、自分を迎えてくれた地域の人びとに対する感謝をこめて行なってきた風習。都会化がすすみ近隣のつながりが薄れた現代にあっても、このような感謝の気持ちはたいせつにしたいものです。