京都御所の中にはとても大きく太い巨樹がいくつかあり、私はその前に立ち幹に触れると温かいエネルギーのようなものを感じます。
同時に私の中に古代から受け継がれたアニミズムの精神が呼び起こされるような、そんな気持ちになるのです。
最近では「御神木の画像をスマホの待ち受け画面に設定すると幸運になる」という話も流行しています。
日本各地には「御神木」と呼ばれる巨樹や老樹が神社や寺院などにありますが、なぜこれほどまでに地域に敬われ崇拝されているのでしょうか?
御神木の信仰は、自然崇拝やアニミズム(万物に霊魂が宿るという信仰)に由来
昔から、森林や巨木は人々にとって生命力や神秘性を感じる存在であり、それらを崇拝することで、自然との共生や豊穣を祈り、自然の恩恵に感謝することが普通の暮らしの中にありました。
また、御神木には神格化された存在としての意味合いもあります。古代日本では、神々が棲むとされる木を御神木として崇めることがあり、その木に神が宿ると考えられていました。そのため、御神木には神聖な力が宿ると信じられ、その力を借りることで願い事を叶えたり、厄災を避けたりすることができると考えられていました。
御神木を敬う風習は、古代から続いている日本の信仰文化の一つであり、御神木には神が宿るという信仰が日本全国にあります。神は自然界に宿るとされ、御神木はその象徴的存在とされます。また、御神木は、自然を司る神々の使者として、環境保護や自然崇拝の象徴としても扱われています。
御神木に対する信仰は、現代でも続いています。御神木は、地元の守り神として大切にされ、その存在が地域の文化や風習、信仰に深く根付いていると言えます。
榊に宿る神秘的な力
御神木から得られる木材や葉などにも神秘的な力が宿っていると考えられています。例えば、神前に供える榊(さかき)の木は、神道において最も重要な御神木のひとつであり、神々の依り代として、また、厄除けや福運を招く力があるとされています。
御神木は、自然を尊重する日本古来の価値観に根ざした文化的・宗教的な要素を持っています。また、御神木が持つ神秘的な力や意味は、人々にとって励みや希望となるものであり、自然と共存することの大切さを訴えるものでもあります。
御神木を取り巻く課題
御神木は、その存在自体が地域社会の一員であるという意味も持っています。地域の人々は、御神木を大切に保護し、共に生きることで、地域全体の安全や繁栄を祈っていたとされます。
御神木が敬われる意味は、神が宿るとされる木として、神を崇拝することであると同時に、自然との調和や地域社会の一体感を大切にすること教え、気づきを与えてくれる存在でもあると言えます。
現代においては、御神木の保護や維持が課題となっています。林業の発展や都市開発により、貴重な御神木が失われることがあるため、自然保護や文化遺産としての価値を再認識し、御神木を守ることが求められています。
御神木として崇拝される樹木の種類は
御神木には、地域や神社によって異なる意味がありますが、以下に代表的な御神木の種類と意味を説明します。
樫(かし)
大木であることから、神聖な力が宿ると考えられ、力強さや厳粛なイメージを持ちます。また、山の神や森の神が宿るとも考えられ、森林保護や自然崇拝の象徴としても崇拝されます。
杉(すぎ)
高い木であり、しなやかで美しい形状を持ちます。清廉潔白や静寂など、清らかさを表すとされます。また、杉の香りが強く、防虫効果があることから、縁起の良い木として、家や神社の建築にも使用されています。
楠(くすのき)
永遠不滅であることから、神聖な力が宿ると考えられ、長寿や無敵を表すとされます。また、楠の葉には抗菌作用があることから、厄除けや病気平癒の力があるとも信じられています。
椎(しい)
根が深く、強く生命力を持っていることから、神聖な力が宿ると考えられ、不屈の精神や堅実さを表すとされます。また、椎の実は食用になり、滋養強壮の効果があることから、豊穣や繁栄を表すとも言われます。
桜(さくら)
美しい花を咲かせることから、神聖な力が宿ると考えられ、豊穣や繁栄を表すとされます。また、桜の花は儚く美しいものであり、生と死、別れと出会いを象徴するともされ、生命力を高める効果があるとも言われます。
他にも、神社や地域によって崇拝される御神木は様々な種類があります。例えば、熊野信仰においては、ヒノキを神体とする神々が多数存在しており、熊野信仰の中心的な神社である熊野本宮大社でもヒノキが用いられています。
青森県の弘前市にある弘前公園には、約2,600本の桜の木があり、その中でも「弘前城天守閣の桜」は御神木として崇拝されています。また、山口県の萩市にある萩城跡には、「櫻井御所の桜」があり、地域の人々から崇拝を受けています。
御神木は、地域や信仰に根付いた文化の象徴であり、自然崇拝や豊穣、繁栄、厄除け、病気平癒など、様々な意味を持ちます。また、御神木にはその場所や風土に合わせた、地域独自の神話や伝説が伝えられていることもあります。御神木は、日本の自然や文化を代表する重要な存在の一つであり、これからも代々子孫に伝えていけるように守っていかなければなりません。
御神木の代わりとして生まれた「幟」
神社のお祭りに行くと、一番良く見かけるのが幟(のぼり)です。
境内で風にはためく幟を見ると、祭りだなぁという感じがします。
でも重要なのは幟の布の部分ではなく、布に通した高い木の柱竿なのです。
私にとって幟(のぼり)というとショッピングセンターの店頭とか、集客のための宣伝ツールという認識しかありませんでした。
そのため神社の境内にある幟も、参拝者が祈祷のために奉納したものという認識でした。でもそれは間違いで、幟にはとても重要な意味があるのです。
七年に一度、丸太を斜面にすべらせて、一緒に駆け下りるという迫力ある祭りで有名な諏訪大社の「御柱祭」に「幟」の起源を見ることができます。
元は自然の木をそのまま立てていたものが、しだいに柱や棒の形に加工するようになり、そこに自然の木の名残りとして、山で採ってきた枝を飾り、やがてより華美に飾り立てるようになっていったのが現代の幟です。
幟に使われる高さのある柱竿や生木は、そこが祭りの場であることを「神様に示す標識」という役目があります。
神様は立てられた高木を目印にして、降り立たつ「依り代」(神霊が現れるときに宿る)なのです。
正月に玄関などに飾る門松も、正月の神の依り代であることをご存知でしょうか。
実は門松にも地方によって様々な形があり、家の中に立派な松の生木を一本だけ立てる地方もあるし、家の上がり口の柱にくくりつける地方や、秋田県の一部や、奄美大島などでは、床の間に松が飾られます。竹や松などを使ってきれいにアレンジメントされた門松よりも、ただ一本の松の生木を飾る方が古い風習なのです。
御神体があるところに社が建てられ神社となった
神社の境内は、大小に関わらず「鎮守の杜」という神霊が棲むとされる森があります。森そのものを神の社とみなしていたり、山そのものを社とするところもあります。
昔の神社には、人工的な「社(やしろ)」そのものが無く、今のように立派な社が建てられるようになったのは日本に仏教が伝来して以降となります。
『日本書紀」によれば、天武10年(681年)に朝廷は、畿内および諸国の神社に官社修造の命令を出し、それから全国の神社に社が建てられたそうです。
古代の信仰の姿が残っている神社の一つが奈良県にあります。
奈良県の大神神社は三輪山がご神体であり、神殿がなく、三輪山の麓にある立派な社殿は、神の住む神殿ではなく、人が拝むための拝殿になっています。
だから拝殿を通して、ご神体である山そのものを拝む形になります。
神殿を持たない神社は、日本人の古い信仰の形を残す
神社が社を持つようになっても、必ず鎮守の杜があるように、日本人は自然を崇拝し、その象徴として樹木を神聖視してきました
時代を経て建築技術が進み、神殿が美しくなってくると、ご神体は社の中に祀られるようになりました。
それでも神様が降臨する祭りの場には、木が立てられるように、時を経て形が変わっても、木を神様の依り代とすること自体は変わっていません。
祭りの場に立てられる木や注連縄をかけられた御神木の存在は、有史以前からの日本人の信仰を今に伝える象徴なのです。