祭りの本番は昼間ではなく、「宵宮」にあり!

大きな祭りを本気で楽もうと思ったら、人であふれる本番当日に行くよりも、前日か前々日の宵宮に行くといい。
祭りの良さを知っている地元の人ほどそう考えるでしょう。

実は宵宮こそが、神の降臨を仰ぐ祭りの中心と考えられています。
近畿地方には宵宮を「おいで」と呼んでいる所があります。
これは宵宮に「神がおいでになる」というのを親しみを込めて呼んだのでしょう。

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宵宮という言葉が示すように、そもそも祭りは夕方(宵の時刻)から始まるものでした。

氏子全員が水垢離をして身を浄め、清い装束を着て、神社に集まり、夕御撰を供えて神の降臨を仰ぎ、夜通し神に奉仕して、朝になったら朝御撰を供えるというこの一連の儀式が宵宮なのです。

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神と氏子の抜き差しならぬ関係

宵宮では、神に酒食を捧げておもてなしをするだけでなく、氏子も神に捧げたのと同じ酒食をいただきます。

飲食物は、その素材も、調理する火も、かまども鍋釜も食器も、すべてが極めて清浄なものを用いることが条件です。
自らの身も清めて、神の意向通りの礼儀作法を守ってはじめて神と一緒に食事できます。

氏子たちは夜通し神の御前でもてなしに専念し、感謝と尊崇の念を捧げます。
このように氏子全員が夜通し神社に篭もることを「いごもり」という。

「いごもり」という言葉には、神社にずっといる「居篭もり」という意味と、「忌篭もり」という意味が込められているそうです。

宵宮は、「およどもり」(お夜篭もり)「よど」(夜通)、「ごや」(御夜)、「よどい」(夜乞い)、「しょうじいり」(精進入り)などとも呼ばれるとおり、夜通し篭もることなのです。

まさに宵宮こそが、祭りの本体であった!

祭りというと、昼間くり広げられる賑々しく華やかな様子を想像します。
でもこれは重要な儀式が済んだ後の祝賀会のようなもの。

宵宮の行事は、古くから秘儀とされ、その内部は神職に近い関係者しか見ることができないものがあります。
これは見せたくないのではなく、外部のケガレを遮断するためと言われています。

大嘗祭、新嘗祭、御神楽といった宮中の重要な祭事も、夜に秘儀として行なわれ、夕朝二回の供撰が行なわれます。
民間では、今は徹夜で神事を行なう所は少なくなりました。
宵宮の晩にお参りして家に帰り、朝になってまたお参りに行くようになっています。

現代人の生活パターンに合わせて、祭りのスケジュールも変化しているようです。

そういえば、お通夜というと、お葬式の前夜に行われることと思い込んでいますが、本当は神事で夜通し神の元に篭もることをいいました。

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