言われると誰でもドヤ顔になる「流石」の語源とは?

実力を信じている人がその通りの結果を出してくれたり、ブランド車が期待以上の性能を示してくれた時に思わず「さすがぁ~」と言ってしまうものです。

このように「流石(さすが)」という言葉は、<やっぱり>とか<優れているだけのことはある>という感嘆の気持ちを表すのに用いられます。

「流石だね」と言われてると、みんなちょっと照れた嬉しそうな顔になります。

でも字面を見ると「流れる石」と書くので、イメージを想像すると川の中をゴロゴロと転がっていく石みたいで、なんとも落ち着きません。
とても前述したような意味を想像できません。

どういう経緯で「流石」という言葉が誕生したのでしょうか?

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それには、中国の「蒙求」という書に出てくる有名な故事に基づいているのです。

昔、中国の春秋時代に晋という国があり、そこに秀才の誉れ高い孫楚(そんそ)という男がいました。

孫楚は、世の中を嫌って山に隠居したいと思い、友達の王済(おうさい)に次のように言いました。

本当は「流れに漱ぎ石に枕す(石を枕に寝て川の流れで口を漱ぐような生活をしたい)」と言うべきところを、
「石に漱ぎ流れに枕す(石で口を漱ぎ川の流れを枕にして寝たい)」と言ってしまったのです。

これを聞いた王済が「なにを間違っている。石で口をすすいだり、川の流れを枕にするようなことが出来るのかい?」と言い返しました。

負けず嫌いの孫楚は、屁理屈をこねました。
「流れに枕するのは、耳を洗うためであって、石ですすぐのは、歯を磨くためなのだ」と言ってこじつけたのです。

これを聞いた王済は「とんでもない屁理屈を言う奴だが、なかなかうまいことを言うな。」と大変感心しました。

ここから、感心するときの「さすが」という言葉を「流石」と書くようになった語源です。

本来「さすが」という言葉は、『あることを一応は認めながら、一方でそれと相反する感情を抱くさま』という意味なのですが、
最近では、『評判や期待のとおりの事実を確認し、改めて感心するさま』という意味になっています。

話変わって、日本文学を代表する文豪の「夏目激石」という筆名は、この中国の故事に由来するそうです。

激石は新語を造語する趣味があり、たから「流石」の故事にピンとくるものがあったのだといいます。
ちなみに、辞書の編纂の第一人者である金田一春彦氏によれば、「牛耳をとる」を、「牛耳る」とつめたり、「野次をとばす」ことを「野次る」といったりしたのは、激石がはじめたことだそうです。

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