なぜ?日本人は祭り好きなのか?

いつの時代も日本人は、お祭りが大好きです。
それはただ単に祭り騒ぎが好きだって言うんではなく、お祭りと言うセレモニーの中に、日本人の信心深さ、神様に対する姿勢の物語が受け継がれてきたからです。

今では神事に関係なく何かと特別な催し物と言うだけで「祭り」と言う言葉が使われます。
でもそれは本来の「祭り」では無いことを誰もが知っています。

祭りの主役は神様。
祭りというのは神様を祀ることであり、神様とそれを祀る者の間で行われる行事なのです。
私たち日本人はそのことを誰かから教わったわけではなく、なんとなく常識として知っています。

そんな私たち日本人にとって祭りとは、一体何を意味するのでしょう?

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神をまつるという「まつり」の意味

日本民俗学の第一人者である柳田国男氏によると、日本語の「まつり」という言葉は「まつろう」と同義語で、尊い方のおそばにいて仕え奉るという意味だと言われています。

神様の様子を伺い、神様の言葉があればどんな事でも承り、神様の思し召しのまま使えていくと言う態度です。
ただ遠くから見て敬意を表すだけではなく、自らが積極的に神様にお仕えして、神様の意志に応えようとする姿勢の表れが「祭り」なのです。

また日本民俗学の先達である折口信夫氏は「まつる」の語源を「献る(たてまつる)」であると説いています。

そしてこんな考えもあります。

「まつる」の語幹として「まつ」には期待以上の強く期する心があって、神が現れて神意、神慮が告げられるのを「待ち」こがれ、示された神意を「守つ」という意味があるといいます。

どの謂れも共通しているのは、神をもてなし、神意を伺い、神の御心のままに奉仕する、ということです。

祭りは神様と人間に橋をかける儀式

日本古来の信仰の神髄は「唯神之道(かんながらのみち)」です。

神様の御心のままに奉仕する、生きるといっても、ただ単に神様に絶対服従をするという意味ではありません。
人知を超えた大いなる威力を持った神様という存在に波長を合わせ、一体化していくことを願って、そこに幸福と喜び、人の生きる道を見出そうとしたのです。

そんな神様と人とのあいだをつり合せる事、つまり「間釣り合わせ」「真釣り合い」こそが「まつり」の本来の意味ではないでしょうか。

そのために、神様に降臨してもらい、私たちは精一杯の感謝を捧げ、神様の御心を伺い、神様と人とが交流交歓して調和をはかる特別な儀式こそが「祭り」なのだと思います。

日本人であれば誰でも祭りになると、なんだかわからないけど荘厳な気持ちになったり、そわそわしたりワクワクしたりする状態になるのは、まさに神様と通じ合っているからではないでしょうか。

祭りに参加したり、それを目にすることによって、自分自身の魂が浄められパワーが与えらることを、私たちの先祖は体感し、今の時代まで伝えてきたのです。

(秀和)

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