人付き合いの作法。他人の領域を侵さない「腹五分のおつき合い」とは?

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他の地方の人から見ると関西人は、他人の領域にずかずかと入ってくると言われますが、実はそうではありません。昔から貴族文化が発展していた京都、商業が盛んであった大阪、宗教文化の拠点であった奈良など、関西人は人と人との交流には特に気を遣っていました。
特に昔から全国から戦を仕掛けられていた京都の周辺は、争い事を避けるために人付き合いにおける気づかいに長けている人々が多くいました。

困っている人がいれば助ける、助けられたら感謝をする、そうするためには相手の懐に飛び込むこともときには必要になります。そうしなければ相手の心は理解できないのですから。

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日本人の人づき合いの中心にあるものは、「おかげ様」という謙虚な心

「おかげさま」とは、自分が生きていることも、食べることができるのも、仕事ができることも、すべて森羅万象や他の人びとのおかげであるという考えです。このような日本古来の考え方は、今ふたたび思い出したいことの一つではないでしょうか。

日本人は自然崇拝を心のふるさとにもつ民族です。
これは、自分を生かしてくれている自然界への感謝や畏敬の念、天と地の間に生きるすべての命は等しいと考え、あまたの生命を慈しむ心です。

その心ゆえに、昔の日本人には、自然と人間を区別する心がありませんでした。
人も自然も「おのずから」と呼んでいました。
自然と一体となって生きてきたので、自然という言葉がなかったのです。

ところが、英語の文化が入ってきたときに昔の日本人は、自然はNature、人間はHumanと区別されていることに、大層驚いたそうです。以降、日本人の心は次第に、自然と距離を置くようになっていきます。

日本の思想の根源は、命には区別がないということ

「おのずから」という言葉が示すように、日本人は古来より、命にはみな区別がなく、すべて一体であり、支え合っているという感性をもって暮らしていました。何事も、「おかげ様」なのです。

おかげ様の心は、日本はもちろん、世界共通の美しい心であり、人とのおつき合いの本質といえます。

この「おかげ様」の心とともに、日本人の考え方の核心となっているのが「罰があたる」という良心です。
自然の領域を冒すと罰があたるという感性も人づき合いに反映され、「他人の領域を侵さない」という心配りの作法が育まれました。

言葉を替えていうならば「腹五分のおつき合い」です。
これが、日本人が昔から今日まで常にとり続けてきた人づき合いにおける基本的なスタンスです。

腹五分のつき合いとは、「親しき仲にも礼儀あり」

人のプライベートや感情をかき乱すような言動はご法度。
自分勝手にふるまわない、自分がされたくないことや言われたくないことは人にもしない、などの思いやりの心をともなったおつき合いが腹五分のつき合い。
このようなおつき合いを、知的な交際ということができます。あいさつは、知的な交際の入り口です。

実は、国際的な行儀作法でも、腹五分のおつき合いが原則なのです。
ヨーロッパのリーダーたちの礼儀作法もまた、腹五分のおつき合いを基本としています。

日本は、現代の国際社会で求められている優秀な行儀作法を誰もがごく自然に行ってきた素晴らしい国です。
腹五分のおつき合いがもし忘れ去られているのなら、ぜひ復活させたいものです。

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江戸社会の人のつき合い方

江戸という社会は、俗に三百諸侯と呼ばれる独立した国(藩)の人たちが全国から集まっていました。
鎖国はしていましたが、いわば国際都市であったのです。
習慣や考え方の違う人びとが集まった社会でしたので、腹五分のおつき合いを非常に大切にしました。

お隣やご近所の人たちとは、きちんと朝夕のごあいさつをします。
ばったり出会ったら、互いの目を見て 「お元気ですか」と、ひと言、ふた言、話もします。
しかし、それ以上は相手に踏み入らないという、毅然とした礼儀作法があったのです。

それによって、困ったときには助け合っていく気持ちのよい交流が成り立っていました。

一番いけないとされたのは 「時泥棒」でした。
他人の領域にずかずかと足を踏み入れ、その人の生活や心をかき乱すのは、最も下品な人間の行うこととして忌み嫌われたのです。

お互いに好ましい感情を抱いているなら、長話ももちろんかまわなかったでしょう。
しかし、そのような関係でなければ、他人の大切な時間を奪うような行為は避けるおつき合いを心がけました。

江戸の人たちの気性がさっぱりとしていた背景には、こうした人の心を大切にするやさしい心があったのです。
人を大切にし、自分も大切にするという日本人本来の感性を生き生きと発揮しながら、粋に、お酒落に、腹五分のおつき合いが行われていました。

和気あいあいで楽しみながらも、人間同士の一線は引く。

だからこそ和を保ちえたのでしょう。
江戸は、「人間」を 「じんかん」 と読ませたそうですが、ここからも人と人の間のほどよい関係を大切にしていたことがわかります。

他人の生活を混乱させ、心を乱すようなつき合い方をしてはならず、またそのようなところに自ら立ち入るようなこともしない。そんな江戸っ子の美意識が伝わってきます。

おかげ様の心、自他への思いやり、腹五分のおつき合いという姿勢は、現代にも贈り物や身だしなみ、立ち居ふるまい、あいさつなど、日本ならではの美しい礼儀作法となって残っています。

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