日本人は、なぜ八百万の神々を信仰するようになったのか?

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世界には多様な信仰の対象があり、それぞれに頂点に立つ大いなる存在があります。
それは実体のある物として存在していたり、実体の無い物として存在していたり、形態は様々です。
日本には他の国にはあまりないぐらい多様な信仰が混在しています。
元々あった信仰もあれば、外国から輸入された信仰もあります。

どんな信仰の神であっても、寛容に受け容れる土壌が日本人の中にあります。
その原点にあるのが、八百万の神々に対する厚い信仰にあるのではないかと考えています。

私たち日本人は普段、何か苦しいことや絶体絶命の窮地に陥ったさい、心のなかで神に救いを求めます。
これほど日本人の心の中に浸透している神だが、ではそのルーツとは何なのか。

日本人の神への信仰の始まりは原始的なアニミズム、すなわち万物に霊魂や精霊が宿るとして畏怖し、それを崇め祭ったことに始まりました。

日本の神は、キリスト教における「神」や、イスラム教の「アラーの神」のように唯一絶対ではありません。
古くから「八百万の神々」という言葉があるように、さまざまな願いに恩恵をもたらしてくれる多くの神が存在します。

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原始アニミズムから八百万の神々への信仰へ

太陽や月や星、それに雷や風といった神話に出てくる神もいれば、民間で信仰されるようになった神、もとは人であったり動物であったりした神もいます。

自然現象から動植物まで、あらゆるものがほとんど神になっています。

日本では、どんなものでも神が宿ると信じられています。
たとえば、古代の人々の目にカミナリ(雷)は、どう映っていたのか。
あの音と光り、大地をたたく大粒の雨、また直撃されたときの惨状を目の当たりにすれば、人々は畏怖するしかなかったでしょう。
しかし通り過ぎてみれば一転して菅い空、大地は洗い浄められたようで、自然は生き生きと蘇る。
その不思議さに圧倒されて、崇め祭ろうとする気持ちが生じるのは無理のないことです。

これらを現代人の感覚で想像してはいけません。
電気も無く、コンクリート製の建造物も無く、エレキギターを掻き鳴らす音楽も無い、ただ自然のままの環境で生活していた日本人の姿を想像してください。
そんな日本人が聞く大音響はとても怖いものであっただろうと思います。

だからこそカミナリ(雷)がすなわち「神鳴り」であり、神の怒りの現れと信じられたのです。

古くから読まれている『古事記』や『日本書紀』には雷神がいく種類も登場します。
また雷の様相を言い分けて神格化もしています。

現在でも、雷の多い地方には、雷電神社という雷神を祭った神社を見ることができます。

このような原始的アニミズム性やがてシャ‐マニズム~巫女などが予言や吉凶などの託宣を行う宗教の一形態に発展していきました。
託宣とは、神の声を聞き、神の代理としてその意思を告げることです。

3世紀半ば頃の邪馬台国の女王・卑弥呼は、託宣をする巫女として国を治めていたと考えられています。

狩猟採集時代から農耕時代になるにつれ、人々の生活様式は移動から定住へと変化していきます。
やがて日常生活の中に信仰が根づき、その中心に神を祭る社が形成されていきます。

日本人は古代から現在に至るまで、「神様」の存在をとても広く考えていて、自然万物のあらゆるもの、現象に、すべて何かの役割を持った神様がいるとい...

神を「祭る」とはどういうことなのか。

祭りとは、本来、神と人々が時と場所を決めて出会い、酒食をともにしながら人は神を敬い、神は人の暮らしを保証するという、神と人との一体感を強め、それを確認する機会です。

神を怒らせたらどんな禍がくだされるかと、つねに人々は恐れていました。

天変地異が起こって収穫が絶望的になるかもしれない。
あるいは疫病に襲われるかもしれない。

それゆえ、それぞれの神に酒食を供し、機嫌良く楽しんでもらえれば、稲の実りも豊かであろうし、願いも受け入れてくれると信じたのです。
つまり祭ることで、禍福を調整したのです。

「お神酒あがらぬ神はなし」という言葉があるように、神人共、食に酒は欠かせぬものであった。

また祭りを行うことは、人々が身を清らかに改めるための修行ともいえます。
神のいる場所は神域です。
不浄やケガレを嫌う。
だから神に出会うには「清浄さ」と「礼」が絶対不可欠になります。
そのためには身をつつしまねばならない。
やがて、それはそれぞれの祭りで戒めが定められて、体系化されていきました。
その戒めは地域によって少し違っていて、主にその地域の風習や環境に由来したものになっています。

このようにして、古代日本人のあいだに神への信仰がその形を整えて宗教化していくのは、稲作の始まる弥生時代頃(紀元前4世紀頃〜後3世紀頃)と考えられています。

自然の影響をまともに受けた当時の稲作と、神への信仰は深く結びついていたのです。

のちに庶民のあいだで信仰の対象とされる神は、その時代や世相の願望が託されて、とても現実的な発想から誕生するようになります。

次から次へと新しい神が祭られ、江戸時代には、そうした神々のうちの一つに御利益があるということで「流行神」になるということもあった。古代から今日までの神の数は、本当に八百万という膨大な数になるのかもしれない。

以上、日本人は、なぜ八百万の神々を信仰するようになったのか?でした。

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