自然万物に神様が宿ると考えた日本人独特の宗教観と八百万の神

日本人は古代から現在に至るまで、「神様」の存在をとても広く考えていて、自然万物のあらゆるもの、現象に、すべて何かの役割を持った神様がいるという独特の宗教観を持っています。

時代の間に、様々な宗教が諸外国から輸入され、キリスト教などに代表される一神教を信仰している人もいますが、その人でさえ、神社に行けば手を合わせて拝んだり、山や川や大きな樹を目の前にすると、敬虔な気持ちになります。

どんな宗教が輸入されても、寛容な気持ちで日本の神様の仲間として取り入れ、また何かサプライズが起きると新たな神様を生み出すという実にユニークな感覚を持っています。

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原始宗教のアニミズムとシャーマニズム

一般に八百万の神という言葉が示すように、太陽、月、星、風、雷といった天文や気象の神もいれば、土地、田、山、川、石などに、また、家の台所、かまど、便所などにも神がおり、さらには馬、犬などの動物、松、竹などの植物にも神が宿るというように、実に多くの神々があまねく存在する点に、日本人の宗教観の特色があって面白い。

「八百万(やおよろず)」とは非常に数が多いことの形容ですが、この言葉はすでに日本最古の歴史書である「古事記」(上巻)のなかに見られます。

天照大神が、弟のスサノオノミコトのあまりの乱暴さに腹を立てて、天の岩戸に隠れてしまったので、困った神々が「八百万の神、天の安の河原に神集ひ集ひて…」という記述が古事記の中に書かれているのです。

日本人の宗教の原点といえば、あらゆる自然物に霊魂を認め、それを畏怖し、崇拝するアニミズムと呼ばれる原始信仰です。

アニミズムの信仰がやがて、卑弥呼に代表される巫女などが、神のご託宣を受けて物事を決めるシャーマニズムに発展していきました。

農耕生活への暮らしの変化から生まれた独特の宗教観

もともと古代日本人は、狩猟採集生活をしていました。
狩猟民族であった日本人も、米の伝来にともなってやがて農耕生活へと変わっていきます。

農耕生活になると狩猟とは違って、人間の力の及ばない自然現象に大きく左右されます。

天候不順や自然災害による不作はまさに死活問題で、それらを神の怒りと考えたのも無理のないことでした。

そこから、あらゆる自然の営みに神を見いだし、崇める傾向がさらに強まっていったと思われます。

また、農耕社会で定住生活が始まると、土地に対する信仰も強まっていきます。

自分たちが生まれた土地を守ってくれる神を「産土神」と崇め、産土神を祀る社を作るようになりました。
この社が現代でいうことろの神社です。

さらにそこへ古来の祖先信仰も合わさって、日本ならではの神々への信仰が根づいていったと考えられます。

日本全国には八万とも十万ともいわれる神社が存在しています。

伊勢神宮と出雲大社は別格とされていますが、とくに毎年十月になると全国各地の神々が出雲大社に集まることから、十月を「神無月」と呼び、逆に出雲地方では「神有月」と呼ばれることでも知られています。

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