鳥居、狛犬、注連縄、神社の神域を守る物の意味と起源

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神社といえば訪れて真っ先に目に入るものが「鳥居」です。
木や石のもの、朱に塗られたものなどがありますが、大別すれば1番上に乗った笠木の丸い神明鳥居と、そうでない島木鳥居に分けられます。

何度も思う事ですが、鳥居をくぐるときに何か結界をまたぐような、異次元の世界に足を踏み入れてしまうような感覚があり、ちょっと怖くなることもあります。
子どもの頃からお寺と違って神社は、どこかしら私たちの住む空間とは違うもののように感じていました。
だから余計に「鳥居をくぐる」ことは、いくつ歳を重ねても、とても緊張してしまいます。

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鳥居は神の棲む領域への門

鳥居は「神域」と「俗な場所」を隔てる境界のようなものです。
神域への門とも考えられるでしょう。

ところが、神社を描いた古図を調べると、社ができる以前から鳥居があります。

こうした鳥居は、神が降りてくる依代であり、また祭場を示すものでもあるのです。
人々は、そこに神が降りてくると信じたのでしょう。

鳥居の謎はその名前にもあります。

なぜ鳥居というのか。

諸説あるが、鳥は古来、霊魂を持ち運びする聖なるものであるという信仰と深い関係があると考えられてきました。
インドやチベットの山岳地帯にある「鳥葬」は亡骸を鳥に捧げ、その魂を天空の他界に返す葬儀です。

また東南アジアの一部では、村の入り口に鳥のとまり木を作る風習もあった。
鳥を止まらせて、その呪力で魔を蕨おうとしたのです。

まさに鳥居とは、鳥の居るところなのです。

日本でも同じように、神の降りる神域に依代として設けられたのです。

俗界を切り離す注連縄の由来

この鳥居と同じように、信仰的意味を持つ物に「注連縄」があります。

「しめ」という言葉が『万葉集』などで「占め」、つまり占有の意味で使われていることから、注連縄は占有状態を表すものだという説があります。

もちろん、その縄で囲まれた区域は、神が占有する「神域」ということです。

この「聖・俗」の境界という見方に加えて、「浄・不浄」の意味を重ねる説もあります。

いずれにしても注連縄を神事の場や神棚などに張るのは、「ここは神域」という印であり、邪神や不浄なものの侵入を封ずるためであるのは間違いない。

この「神域」としての境界が、神社においては重要です。
神社が伝統的に移動を嫌うのはそのためです。

今でも、林立するビルの谷間や、こんなところにと思う場所に、鳥居とともに小さな洞を見かけることがあります。
それは移したくとも移せなかったからです。

そこは昔から祭りの場とされた神域で、人々が神が降りるところ、宿る場所であると感じ取ったところなのです。

神域を守る獣たち

「狛犬」もまた、神社では馴染みの顔でしょう。
社頭や社殿の前に置かれている、一対の獅子に似た獣の像のことです。

稲荷社では狛犬の代わりに、2匹のキツネがいます。

これは神の使いで、魔除けのために置かれているといわれます。

その口は、ひとつが大きく開けた「阿」、もうひとつが閉じた「吽」の形です。
気持ちがぴったり合うという「阿吽の呼吸」のそれです。

「阿」は、口を開いて字音を発する音声で字音の初め、「吽」は字音の終わりを表しています。
古代インドからきた言葉で、万物の初めと終わりを象徴する言葉です。
密教では「阿」を万物の根源、「吽」を一切が帰着する知徳としています。

その「狛犬」は今もっともらしく神社に居座っているが、もともとは神社にはいなかったものです。
古くから中国には、墓を守る獣の形をした像があった。
3世紀以降になると、宮廷の門や墓を守るのに一対の霊獣像が使われだしました。
そこにインドからライオンという獣のイメージが流れ込み、霊獣は獅子の形をとるようになりました。
その獅子のイメージの霊獣が仏教とともに日本に伝わったのです。

神域を強い獣に守ってもらうという考えは、人々の領地、領土への執着が生み出した行動とも言えます。
本来は境界線など何もないはずの神域が、こうして区切られていくことで、その内部に棲む神様の神格を高めようとする目的もあったでしょう。

こうして獅子型霊獣が、狛犬として日本に定着したのは、飛鳥時代以降の奈良時代に入ってからです。
まさに武力による政治が活発になる頃です。

立派な仏教寺院の門に目をやれば、立派な一対の仁王像が立っているのを目にすることがあるでしょう。
その口は「阿・吽」。「狛犬」の名は、「高麗」からきた「こま犬」という説もあります。
平安時代には宮中の門扉や凡帳、扉風などが揺れ動かないよう、押さえのためにも使用されていました。

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