幽霊とたたりと、時々死霊や生霊のこと

俗に人は死後、幽霊になって現世を彷徨うといいます。
幽霊とは、死後の霊魂のことをいい、色もなく形もないものであり、見ることも探ることもできない存在。
「幽」とは、「見てはいけないもの」「見えないもの」を意味する漢字です。

古代から死後の霊魂は存在するとよく言われますが、誰でも見えるものではないし、感じられるものでもありません。
だから幽霊の存在は、人の記憶、観念によって作られたものにすぎないという考えがあります。

幽霊

幽霊の存在を感じる場合の例として、母親が愛児を失い、毎日毎夜これを心に浮かべて忘れることができなければ、その姿が自然に目に触れ、夢のごとく現実に見ることがあります。
その時、母親は必ず「亡き我が子の幽霊を見た」と言うでしょう。
しかし、その幽霊は現存する存在ではなく、母親の心中の妄想の産物でしかありません。

いわゆる幽霊とは、ほとんどが人の精神状態によって生み出される架空のイメージであり、己の心の反射、返影といって差し支えありません。
幽霊を見たと感じたときは、目前に幽霊の妄想を呼び起こすきっかけが必ずあるものです。

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人の恨みが『祟り』となり、霊魂が人を呪い殺す

現代人は、色鮮やかで多様な情報環境で暮らしていますが、はるか昔の生活環境は、自然色のみで五感に頼る生活をしていました。
だから、現代と比べると地味でしたが、その分精神文化が非常に発達していたと思われます。

昔の人は、人が死んでも、魂はこの世に残り、生前と同じく精神を継続していると考えました。
だから人に怨恨の気持ちを持っているなら、死後もその気持ちが継続されると考えました。

恨み

死を目前にした人の恨みは、底が無いと言われるぐらい、深く強い念を持ったものです。
人は冥途にいっても恨みを晴らしたい、仇を討ちたいと思っているので、生きている人に怨念を持って悩ますことができると考えました。
これが『祟り(たたり)』の起こりです。

有名な伝説は、菅原道真(天神)の祟り。
清涼殿への落雷や、醍醐帝の死去などが道真による祟りによるものと強く信じられました。
時の公卿は、恐れおののき道真を神霊として、北野天神に手厚く祀り上げることで、祟り神を学問の守護神として昇華させました。

自身の想いの強さが生霊となって、抜け出した魂が彷徨う現象

古来から人の魂は、自由に体から抜け出すことができると信じられていました。
『源氏物語』では、源氏の愛人である六条御息所が生霊となって源氏の子を身籠った葵の上を呪い殺す話が有名です。
地方の伝承も数多くあります。

江戸時代には、生霊が現れることは病気の一種として「離魂病」、「影の病」、「カゲワズライ」の名で恐れられていました。

自分自身と寸分違わない生霊を目撃したという、超常現象のドッペルゲンガーをイメージさせる話や、生霊に自分の意識が乗り移り、自分自身を外側から見たと言う体験談もたくさんあります。

平安時代には、生霊が歩く回ることを「あくがる」と呼んでおり、これが「あこがれる」という言葉の由来です。
それは、体から魂だけが抜け出して、意中の人のもとへ行ったかのように、想いを寄せるあまり心ここにあらずといった状態を「あこがれる」というため。

怨恨

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