新時代の伝統芸・宝塚歌劇(2)スターの育成とベルサイユのばらの成功

宝塚歌劇団名誉理事・植田紳爾氏の手記より。

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1973年、宝塚歌劇団の演出家と兼務で、宝塚音楽学校(兵庫県宝塚市)の入試の試験委員に任命された。2年制で、校訓は「清く正しく美しく」。

礼儀作法に始まり、音楽・舞踊・演劇をみっちり教える。歌劇団に入団できるのは同校卒業生だけなので、合格者の見極めは明日の宝塚を大きく左右する。

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成績と舞台のポジションは別物

入学試験は現在、第3次まであり、1次が面接、2次は面接・歌唱・舞踊、3次が面接と健康診断だ。試験委員に声楽やダンスなどの専門家がいるので、私はもっぱら受験生の適性を見る。

重視するのは、欠点を自覚できる人物かどうか。メーキャップ一つ取っても、欠点を自覚すればこそ、自身に合う化粧法を身につけられる。

在学中は随時、試験が行われ、卒業証書の授与は成績順。歌劇団入団後も試験があり、結果は退団後もついて回る。OGの会合でひとたび「集合」の声が掛かれば、出席者は入団年次別に成績順に並ぶ。この時は、舞台でトップをはったかどうかは関係ない。
ただ、成績と舞台のポジションは別物といっていい。
鳳蘭は学校の成績が思わしくなかったが、星組トップ男役になった。

私はスター誕生に、3パターンあると思っている

第1が音楽学校入学時や歌劇団入団時に、目を引き付けられる生徒。鳳や麻実れい、天海祐希らだ。天海が入試会場に現れた時は、「よくぞご両親が産んでくださった」と喜んだ。それほど光っていた。

次が、制作スタッフの抜擢(ばってき)で伸びるケース。遥くららや神奈(かんな)美帆らだ。3つ目がコツコツやっていて突然、輝き出す生徒。松あきらや日向薫らがその例といえよう。

いずれのパターンも、配慮せねばならない点がある。芽を出しそうな頃合いを見計らって、資質に合った役に就けることだ。

私は麻実を入団3年目で、「花の若武者」(72年上演)の新人公演の主役に抜擢した。新人公演はトップ男役が出る本公演の作品を、入団7年生以下の生徒(劇団員)だけで上演する。出演者は本公演で同じ役を務める上級生から振り、所作の大枠を習う。麻実は本役の鳳に教わり、舞台は好評だった。

ショック療法で伸びた新人たち

「この恋は雲の涯(はて)まで」(73年)の新人公演でも、入団2年目の星組の3人、峰さを理、寿ひずる、高汐巴(たかしおともえ)を抜擢した。本公演で鳳や安奈淳、但馬久美が演じる役を振った。歌劇団の荒木秀雄理事長から「早すぎる」と待ったがかかったが、「ショック療法で伸ばしましょう」と説き伏せた。
この作品はまず、甲にしきがトップ男役の花組で上演し、翌月に鳳らの星組で続演した。続演のメンバーは先に演じた組の同じ役に振りを習うが、甲が厳しかった。

甲は鳳に「3回しかやってみせへんから、それで覚えや」と通告。上級生の言は絶対だから、鳳は覚えるのにもう必死。突然、稽古場から走り出たと思ったら、もどしていた。

その後、甲に怒られたのは、私と星組組長(最上級生)の美吉左久子。「甘やかし過ぎや」と言われ、2人で顔を見合わせるしかなかった。

峰はその鳳から教わった。入団年次も何もかも大きな開きがあり、緊張しすぎて何を言われたか覚えていないだろう。それが、峰のトップ男役に向けての最初の一歩。いい経験になったはずだ。

池田理代子さんの漫画「ベルサイユのばら」の舞台化へ

「長谷川一夫さんが演出第二作の脚本執筆者に、おまえをご指名だぞ。洋物をご希望だ」。宝塚歌劇団最大のヒット「ベルサイユのばら」の制作は、野田浜之助プロデューサーのこの一言をきっかけに始まった。

私は最初、野田さんに「洋物なら宝塚の方が上。長谷川さんに演出を教えることはあっても、逆はないです」と反発した。脚本担当に決まった後も思いは同じで、「どんな題材なら長谷川さんに合うだろう」と悩んだ。

考え抜いた末、閃(ひらめ)いたのが、池田理代子さんの漫画「ベルサイユのばら」の舞台化だった。

漫画「ベルばら」はその半年ほど前、私の演出作品のファン、鈴木田鶴子(たづこ)さんから「宝塚にぴったりの作品」と聞かされた。「漫画は無理」と歯牙にもかけなかったが、鈴木さんは「参考に」と掲載週刊誌を送り続けてくれ、私の部屋の片隅に積んであった。

物語は王妃マリー・アントワネットの誕生に始まり、フランス革命で断頭台の露と消えるまでを描いている。王朝物、様式美なら大の得意とする長谷川さんに演出をお願いする価値がある。先輩演出家から「ロココ調の舞台美術を手掛けたら宝塚が1番」と聞いたのも、「ベルばら」に気持ちが動いた理由だった。

舞台化できるか判断するには、漫画を全巻読まねばならない。ところが、どこの書店も売り切れ。「縁がなかったのかな」と思いかけたころ、京都の書店で見つけた。

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読み終えた瞬間、「いける」と感じた

まず作品の骨格がしっかりして、池田さんが創作した男装の麗人オスカルが秀逸だった。何よりも、アントワネットとスウェーデンの伯爵フェルゼンの実らぬ愛、オスカルと幼なじみのアンドレの愛など、様々な人々の愛の描かれ方が魅力的だった。

長谷川さんに話すと、「王妃の浮気の話じゃないか。清く正しく美しくの宝塚で、いいのか」。私は「宝塚らしい作品にしますから」と、渋る長谷川さんを言いくるめた。

漫画のファンからの反発と、宝塚ファンからの非難

「ベルばら」の舞台化を発表すると大ごとになった。上演は月組で、配役はフェルゼンが大(だい)滝子、オスカルは榛名由梨、アントワネットは初風諄。

漫画のファンから「イメージを壊さないで」と猛反発が起きた。宝塚ファンからも「ベストメンバーは星組。月組は無理」と非難が殺到。投書が毎日どっさり届いた。

批判の多さに、逆に闘志をかき立てられた。ただ、感情が高ぶったのは事実。稽古場で初風に「太ったアントワネットでは様にならない。2キロ痩せろ」、榛名には「感情が籠もっていない」などと罵声を浴びせた。

榛名らも必死だった。いつもは夜10時に稽古を終えると、飲みに行って意見を交わすのに、誘っても誰も来ない。舞台で使うロングブーツや鬘(かつら)の調整で、みな深夜まで走り回っていた。

1974年8月29日のベルサイユのばら初日

大劇場の舞台裏は異様な雰囲気だった。普段あちこちで最終確認の声がするのに、全員がこれからの舞台に意識を集中、一言も発しなかった。

私は自身の決めごとを破った。初日は観客の反応を肌で感じるため観客席で見ていたが、この時ばかりは怖くて舞台袖に回った。ついに開幕。寺田瀧雄さん作曲の華麗な序曲が流れ、緞帳(どんちょう)が上がった。

旧宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)での「ベルサイユのばら」の初日。オスカル役の榛名由梨は今でも「3階客席から歓声が降ってきた」と、反響の大きさを振り返る。出演者が舞台の成功を肌で感じた瞬間だった。

長谷川一夫さんの「俳優にとって無理な姿勢ほど、観客に奇麗に見える」演出もはまった。榛名らは舞台の随所で体をひねり、目線は2階正面ライトに送るといった姿勢を決め、客席を沸かせる。評判は日増しに高まり、大劇場は連日立ち見のにぎわいになった。

続編の決定と配役の苦悩

気を良くした歌劇団から続編を命じられた。初演作の脚本提出時、「上演時間に収まるよういっぱいカットしました。そこを採り上げたら、別の『ベルばら』ができます」と告げたのを覚えていた。続編は大劇場で翌1975年7月に花組、同8月半ばから雪組と決まった。

続編は男装の麗人オスカルを軸に、完全娯楽作品に仕上げようと思った。その構想のもと、オスカルがアンドレとからむファン注目の場面「今宵(こよい)一夜」などを新設した。

続編の大枠を固めつつあった75年4月、頭の痛い問題が起きる。初演のオスカル役で大ブレイクした榛名が、月組から花組に組替えになったのだ。花組には歌劇団内でオスカルに最もふさわしいと思う安奈淳がいる。どちらを起用するか決断を迫られた。

私は榛名に言った。「今回もオスカルを演じたら、役柄が抜けなくなる。アンドレに回って演技を広げてほしい」。残念だったろうが、「お任せします」と言ってくれた。

ファンから与えられた「ベルばら4強」の称号

私の決断に、周囲は「なぜ、人気の出た榛名で勝負しない」とあれこれかまびすしい。東京宝塚劇場を運営する東宝から東京へ呼び出され、「商売を知らなすぎる。だから、鉄道会社の劇団と陰口を叩(たた)かれるんだ」とまで言われた。腹に据えかね、「それなら東京公演は無しで結構です」と啖呵(たんか)を切って、押し通した。

「演出家の眼力」を賭けた花組公演で初演以上の成功を収めることができたので、雪組公演で腹案を実行する。アンドレ役に若手の麻実れいを抜てきした。

オスカルを務めるトップ男役の汀(みぎわ)夏子は私の意をくみ、麻実と連日遅くまで稽古してくれた。結果、麻実は次期トップの座を不動のものにする。

「ベルばら」は雪組公演中に観客動員50万人を達成し、なお客足が伸びる勢い。歌劇団内で「来年は星組だ」の声が高まり、3年越しの上演が決まった。

星組の脚本はトップ男役の鳳蘭の芸風に照らし、フェルゼンを軸にする物語を考えた。問題はアントワネット役。鳳とコンビを組む娘役が退団し、「さて」と悩んでいたら、初演でアントワネットを演じた初風諄が特別出演する運びになった。さらに、オスカル役は星組の順みつきに加え、榛名、安奈、汀の歴代3人による日替わり出演と決まり、成功は疑いようもなかった。

「ベルばら」は3年間で、東京や地方公演を含め動員が100万人を突破した。

初演からかかわる榛名らはこの間、休演日も取材対応などで休み無し。きつかったと思うが、満席の喜びを活力に舞台に立ち続けた。ファンはその活躍を評価し、榛名、汀、鳳、安奈に「ベルばら4強」の称号を贈った。

つづく。

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