酒造りは女の仕事。語源でわかる女の役割

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寒い季節には熱燗、暑い夏には冷酒と、日本酒には日本の気候や風土に合った飲み方があり、最近では海外からも和食ブームにのって注目を集めています。

そして、この日本酒の酒造りに欠かせないのは品質の良いお米と水、そして優れた杜氏の存在です。
杜氏(とうじ)は酒造りの最高責任者で、酒造りの技術職人集団という意味があります。
その杜氏のもとで酒造りに携わる職人は蔵人(くらびと)と呼びます。
今で言う季節労働者で、農村・山村・漁村から酒どころの蔵元へ出向いて、農閑期・漁閑期ともなる晩秋からの早春の頃にかけて、杜氏・蔵人として、寒造りに励んでいます。

杜氏や蔵人には、昔から農村に住む家族を支えるための稼ぎを得るために働くという意味があるので、一家の大黒柱である男の仕事であるというイメージが強いものです。
過去を振り返ってみても、現代においても酒蔵で仕事をする杜氏や蔵人に、女の姿を見ることはほとんどありません。
しかし、時代を遡っていくと杜氏は男ではなく、女のことを指していたというのです。
もともと女の仕事のひとつとして、酒造りが行われていたというのですが本当なのでしょうか?

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生娘だけがつくれる古代の酒とは

日本酒の起源は、素美鳴尊がヤマタノオロチを退治するときに、八塩折りの酒を用いた神話が有名です。

酒の古字は「酉」で、古代の酒壷を形どったものといわれています。

酒の語源については明確な定説はないが、酒は栄えて楽しむもの、ということから、「栄ゆ(さかゆ)」が転じて「酒」になったといわれています。

さて、酒は醸造によって酒になります。

醸造の醸である「醸す」は、「噛むす」からきたもの。

酒造りに「噛む」とはなんだか違和感を覚える表現ですが、実は古代の酒は、飯粒を噛んで作ったというのです。

古代の日本で酒は、春・夏・秋・冬と一年を通じて、神まつりが行われるたびに造られていました。

つまり、酒は大衆の飲み物というより、神様へのお供え物という考えだったのです。

そしてこの口噛みは女性の仕事で、ことに神に供える神酒は、若い生娘が噛んだものでなければならない。
そしてその若い生娘を束ねる年かさの女性を「刀自」(とじ)と呼んでいました。
また「刀自」には、一家のことを切り盛りしている主婦全般を喩えているとも言います。

このようなことから酒造りの最高責任者である杜氏の名の由来は、「刀自」(とじ)からきているという説が有力となりました。

上古の酒は濁り酒が多く、米を蒸し、麹と水を加えて醗酵させて作ったが、酒造りは女の仕事とされていました。
酒造りは男の仕事、というわれわれの思い込みは、どうやら改めなくてはならないようです。

杜氏・蔵人の仕事

酒造りの最高責任者である杜氏は、蔵内の管理はもちろん、原料の扱いから、酒しぼり、貯蔵、熟成まで、全ての工程に目を配っています。

杜氏のもとで酒造りに携わる蔵人は10名ほどで、作業別に役職が決められています。
杜氏の補佐役となる頭(かしら)は、実際の作業の指揮をとり、人員の配置を担当します。
麹造りの責任者は代師(だいし)、酒母製造工程の責任者は、もと廻り、もと屋と呼ばれます。
この杜氏・頭・代司、あるいは頭・代司・もと廻りの3人を三役と呼んでいます。

三役以下の役人(やくびと)としては、米を洗ってから蒸すまでの作業を担当する釜屋(かまや)、出来上がったモロミをしぼる係を船頭(せんどう)、炊事の担当者は広敷番、飯屋(ままや)と言いました。

酒蔵に入りたての蔵人は炊事の仕事などからはじめ、厳しい作業に耐えながら仕事を一つひとつ覚えていったのです。

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杜氏になるために必要な事

杜氏になるためには、従来は酒蔵に入り、現場で経験を積む方法が一般的です。実際の酒造りの場で下積みを重ね、杜氏に昇格するという流れです。
自分の働いている蔵元などから評価されて「杜氏になってみないか」というオファーがあってはじめて杜氏となれるのです。

しかし現在では杜氏の高齢化が進んで人手不足から、農業系の学部を持つ大学や短大で醸造科を卒業し、大手の酒造メーカーに就職してから経験を積んで杜氏となる方法もあり、今では昔に比べ、若い方や女性でも杜氏になる方が増えてきています。

杜氏に必要なスキルは、すべての酒造技術面のエキスパートであるばかりでなく、統率力、判断力、管理能力に秀でた人格者、ジェネラリストであることが要求されます。
そういう点では男よりも、繊細な感覚や社交性に秀でた女性の方が性格的に向いているのかもしれません。

日本酒造りは繊細で非常に複雑な工程と高度な技術が必要で、近年のコンピュータ技術の発達により精巧な管理が出来るようになったとはいえ、杜氏の長年の経験とそれに支えられた勘が酒の出来映えに大きな影響を与えていることは変わりがありません。

酒造りの盛んな地方では、実際の酒造りの行程を見学できる施設もあるので、産地に訪れた際に観覧するのも酒造りを知るのによいでしょう。

産地、銘柄ごとに杜氏の存在がある

杜氏の出身地は全国に分布しています。
各地の杜氏の呼び名は、出身地名を前に付けて、南部杜氏(岩手県)、山内杜氏(秋田県)、越後杜氏(新潟県)、諏訪杜氏(長野県)、能登杜氏(石川県)、但馬杜氏(兵庫県)、丹波杜氏(兵庫県)備中杜氏(岡山県)、三津杜氏(広島県)、糠杜氏(福井県)、秋鹿(あいか)杜氏(島根県)、熊毛杜氏(山口県)、越知杜氏(愛媛県)、三潴(みづま)杜氏(福岡県)などと呼ばれます。杜氏の出身地によって酒造りの技法は微妙に異なります。伝承、経験と勘の積み重ねにより、寒造り技法として数多くの流儀が形成されていきました。

○日本の三大杜氏

<南部杜氏>

日本三大杜氏(南部、越後、丹波)の一つで、岩手県石鳥谷町が発祥の地といわれています。
浅井長政らにより「不来坊」の地に盛岡城が築城されて以来、南部地方の酒造りが発達した。
全国で活躍する南部杜氏は372人と全国最多を誇り酒造従事者を含めると1300名に及ぶ。
石鳥谷町は県内でも優良な穀倉地帯としても名高い。

<越後杜氏>

日本三大杜氏(南部、越後、丹波)の一つで、新潟県三島郡寺泊野積が有名です。
ほかに、三島郡越路町、小千谷市、中頸郡柿崎町、同郡吉川町が越後杜氏の出身地となっています。
日本一の数を誇るだけあって、281名の杜氏がおり全国21都道府県で日本酒造りの技を伝え、銘酒を造り出しています。新潟だけでも100を越える蔵元があります。

<丹波杜氏>

日本三大杜氏(南部、越後、丹波)の一つで、兵庫県の中等部、丹波篠山(多紀郡篠山)出身者がそのほとんどを占めます。
1755年、篠山曽我部の庄部右衛門が池田の大和屋本店の杜氏となったのが、丹波杜氏の起源とされています。
現在杜氏数は55名で江戸時代から名高い灘五郷で灘の銘酒を支えています。

以上、酒造りは女の仕事。語源でわかる女の役割でした。

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