祭り神事は、神様に楽しんでもらうためのロックフェスのようなもの

迫力のあるお神輿やたくさんの屋台が並び、人が賑わうお祭りはとても楽しいものです。
子供も大人もみんなが笑顔になります。
でも祭りの主役は「神様」であることを忘れてはいけません。

だから昔から日本人は祭りの時に、神様にできるだけ楽しんでいただけるように、その楽しみが少しでも長く続くように、ありとあらゆる手段を尽くしてきました。

特に神社の祭りでは、歌舞音曲、演劇、競技など趣向を凝らした様々な催しがくり広げられます。
酒宴のお慰みに神様に催し物を披露し、人々もそれを楽しみ、神様も同じように悦ばれて杯を重ねているに違いない、と想像したのです。

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平安時代の民衆にとって、「遊び」とは祭りの饗宴のこと

能や歌舞伎など日本の伝統芸能は、祭りを原点にして発達していきました。

そして沖縄には、今でも古い祭り形が残っています。
沖縄では、神様の演じる呪術的な歌舞を「神遊び」という。
その内容は、神懸かりになった人が神様として舞台を振る舞うというもの。

「神遊び」というのは一般的には神楽を意味します。
夜神楽という言葉が示すように、神楽は本来、夜つまり宵宮に行なわれるもので、人間の魂を活性化するための鎮魂の儀式。

そして神楽の語源は神座といわれます。
演者が神様の依り坐(神の依り代となる人)となり、神様の仮面と装束を身につけた演者は、神様の化身となり、人が変わったように尋常ではない所作をするようになります。
この時、演者に神様が懸かっているとされ、演者は神様そのものと見なされ、演者が歌う寿詞(祈願の言葉)は、神様からの託宣とされます。

神楽のルーツは古事記、日本書紀にある「天の岩戸神話」

天の岩戸の前で天宇受売命(あまのうずめ)が踊ったという神話を神楽・芸能の起源であるとする説は有名です。

天照大神が弟の素尭鴫尊の乱暴を憤り、天の岩戸に隠れてしまった時、神々が天照大神様の出現を願って岩戸の前で祭りを行なった。
この時、天細女命が天の岩戸の前で神懸かりとなって、胸も陰部も露わになる勢いで踊り狂い、それがあまりにもおかしいので神々がどっと笑った。
その賑々しい様子が気になって、天照大様も遂にお出ましになったというもの。

この神話は、宮中に伝わる鎮魂祭の御神楽の起源ともなっています。
鎮魂祭とは、毎年二月に行なわれる宮中祭事で、神霊の威力を注入することで、衰えた天皇の魂に活力を与えようとする儀式のこと。

また民間の神楽でも神話が演じられることが多い。
神様がこの地に出現した時にされた通りのこと、あるいはヤマタノオロチ神話のように神様が悪霊を退治した時のことなどを再現することで、神様を讃え感謝の意を捧げ、またその時に授かった恩恵を再び得ようとしたのです。

地方伝わる神話の神秘性

神社の神楽だけでなく、日本の祭りにはしばしば神様が登場します。
お面をつけたり、笠をかぶったりして顔をかくし、蓑などをまとい、尋常ではない扮装をした人が神様に扮し、神様として振る舞うのです。

例えば、正月に「お正月さま」「歳神さま」に扮した人が家々を訪ね歩く男鹿半島(秋田県)のナマハゲや、奥三河(愛知県)の花祭りに登場する鬼も、実は神様。

農村では春、田遊びという豊作祈願の祭りが行なわれます。
田の土おこしから、代かき、苗代づくり、田植えと、一連の稲作りの物まねを演じるのです。

物事を始める前に、自分たちが願うことを言葉や仕草にすると、表現した通りのことが実現する、と考えられました。

自分たちの理想とする稲作りの様子を、田の神様に見ていただくことで、「なるほど皆の者はこういうことを願っているのか」と理解してもらおうとしたのです。

翁と媼、オカメとヒョットコなど一組の男女が登場し仮面劇を演じる所も多い。
翁は田の神様の化身であり、媼はその巫女とされています。

田の耕作の物まねの合間に、男女の交わり、妊娠、出産がユーモラスに演じられる。
田の神様や穀霊に活力を与え、その気になってもらおうというわけです。
この儀式の起源は大和朝廷の国見の儀式がはじまります。

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