ご神木は神様と通信するための電波塔

神社のお祭りに行くと、必ず木が立てられていることに気づいていますか?
一番良く見かけるのが幟(のぼり)です。
境内で風にはためく幟を見ると、祭りだなぁという感じがします。

でも重要なのは幟の布の部分ではなく、布に通した高い木の柱竿なのです。

私にとって幟(のぼり)というとショッピングセンターの店頭とか、集客のためによく立てられる宣伝ツールの一つという認識しかありませんでした。
そのため神社の境内でみる幟も、参拝者集めのための賑やかしツールなのだろうと思っていました。
でもそれは大きな間違いで、幟にはとても重要な意味があるのです。

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幟は本来、山から伐りだした生木を立てる風習から派生してきたもの

よくニュース番組で報道される丸太を斜面にすべらせて一緒に駆け下りるというスリリングな映像で有名な、七年に一度行なわれる諏訪大社の「御柱祭」などもその一種といえます。

元は自然の木をそのまま立てていたものが、しだいに柱や棒の形に加工するようになり、そこに自然の木の名残りとして、山で採ってきた枝を飾り、やがてより華美に飾り立てるようになっていったのが現代の幟です。

では、この高い木にはどんな役目があるのでしょう?

柱竿や生木は、そこが祭りの場であることを「神様に示す標識」という役目があります。

神様は立てられた高木を目印にして、降り立たつ「依り代」(神霊が現れるときに宿る)なのです。

正月に玄関などに飾る門松も、正月の神の依り代であることをご存知でしょうか。

実は門松にも地方によって様々な形があり、家の中に立派な松の生木を一本だけ立てる地方もあるし、家の上がり口の柱にくくりつける地方や、秋田県の一部や、奄美大島などでは、床の間に松が飾られます。

竹や松などを使ってきれいにアレンジメントされた門松よりも、ただ一本の松の生木を飾る方が古い風習なのです。

古来より木を神聖視してきた日本人

建設工事を行う前の地鎮祭も、一本の柱や榊を立てて、神に降臨してもらいます。

日本人は必ず木を立てて、そこに神をお迎えしてきたのです。

神社に行けば注連縄を張った「ご神木」の姿をよくみかけます。

太い木や細くても樹齢を経た古木は、古代から神霊が宿ると信じられていています。
そして神社の境内は、大小に関わらず「鎮守の杜」という神霊が棲むとされる森があるのが普通です。
また、森そのものを神の社とみなしていたり、山そのものを社とするところもあります。

昔は「社(やしろ)」そのものが無く、今のように立派な社が建てられるようになったのは日本に仏教が伝来して以降。
『日本書紀」によれば、天武10年(681年)に朝廷は、畿内および諸国の神社に官社修造の命令を出し、それから全国の神社に社が建てられたそうです。

古代の信仰の姿が残っている神社の一つが奈良県にあります。
奈良県の大神神社は三輪山がご神体であり、神殿がなく、三輪山の麓にある立派な社殿は、神の住む神殿ではなく、人が拝むための拝殿になっています。
だから拝殿を通して、ご神体である山そのものを拝む形になります。

神殿を持たない神社は、日本人の古い信仰の形を残す

古代の日本人は、鬱蒼とした原生林、樹木で覆われた山、大きな岩石などに神聖さを感じ、ご神体として祀っていました。

神社が社を持つようになっても、必ず鎮守の杜があるように、日本人は自然を崇拝し、その象徴として樹木を神聖視してきたのです。

時代を経て建築技術が進み、神殿が美しくなってくると、ご神体は社の中に祀られるようになりました。
それでも神様が降臨する祭りの場には、木が立てられるように、時を経て形が変わっても、木を神様の依り代とすること自体は変わっていません。

祭りの場に立てられる木は、有史以前からの日本人の信仰を今に伝える象徴なのだと思います。

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