身近な神様と願掛けの作法

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人は何かの節目に立つとき、最後は神頼みとばかりに願掛けをおこないます。近所の神社へお百度参りをしたり、ダルマや招き猫を側に置いて、来たるべき福を待ち望んだり、絵馬に願いを書いて境内に祀ったり、つねに神様と共にあると考える日本人ならではの風習かもしれません。今では当たり前になっている習慣ですが、それぞれの願掛けにもその由来から来る作法があると思います。
それになぜ猫なのか?なぜダルマの目玉なのか?ちょっと離れて考えると、素朴な疑問が湧き上がってきます。

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お百度参りの作法

昔の日本人は、神仏に願い事をかなえてもらうために寒中に滝に打たれたり、井戸水を頭からかぶる水垢離などの荒行をしたりしました。そんな願掛けのなかに「お百度参り」があります。お百度参りは自分の家(あるいは社寺の門前)から、神社やお寺までの間を一日に百往復して、一回ごとに神仏を拝んで願掛けをするもの。このとき、百回という回数を確かめるために、ふところに小石などを入れて行き、拝むたびにその小石を置いて帰るということをしました。

今ではお百度参りをする人は少なくなりましたが、昔のドラマや映画を見ていると必ず上記のような場面が登場します。

このお百度参りとよく似た願掛けに「百日詣」があり、お百度参りが一日に百回行うのに対して、こちらは百日間、毎日、神仏を拝んで願を掛けました。また、千度参りや千日詣などの願掛けもありました。
いずれの場合も、区切りのよい回数や日数を決めて、それを厳守することで満願成就につながると信じられていたのです。

そして、お百度参りや千日詣の結果、願いがかなったときには、その神仏にお礼の金品などを奉納する「願果たし」や「願ほどき」などを行いました。

現在でも、お百度参りはともかく、病気快癒、商売繁盛、受験合格などといった個人的な願掛けが行われていますが、昔は個人的な願いよりも、雨乞いといった村落全体にかかわることや、戦勝祈願といった国家にかかわる願掛けが多かったようです。

ダルマの目を片方ずつ書く意味はどこに由来するのか?

ダルマは、倒れてもすぐに起き上がることから「七転び八起きダルマ」とも呼ばれ、商売来盛や隆運の縁起物として、神社やお寺の縁日などで売られます。とくに、歳末から三月ごろまでは全国各地でダルマ市が開かれています。

ダルマは、室町時代に作られていた起き上がり玩具がルーツです。
そして江戸時代になってダルマとして登場してから、急速に売れるようになりました。

ダルマは、実在した達磨大師(円覚大師ともいう)の座禅姿がモデルです。
達磨大師は、中国の嵩山の少林寺で、九年間も壁に向かって座禅して悟りを開き、禅宗の始祖となったという高僧で、その姿形に似せたことから、この起き上がり玩具をとくにダルマと呼ぶようになりました。

ちなみに、現在売られているダルマは、両方の目が白いままのものがほとんどで、願を掛ける際に片方の目を黒くしておき、願いがかなったときに、もう一方の目を黒くしたりします。
これは、昔、関東地方の養蚕農家などで春の繭が良ければダルマに片目を入れておき、秋の繭も良いと、もう一方の目も入れる習慣から始まったといわれます。

また、目を入れることは「目(芽)が出る」という、めでたい語呂あわせの意味もあったということです。

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商売繁盛と招き猫の関係はどこに由来するのか?

よく飲食店や小料理屋などで、招き猫の置物を見かけます。
商売繁盛の置物として、招き猫が、金運やお客を呼び込むと考えられているためです。

この招き猫の由来については諸説があり、一般的に広まっているのは豪徳寺(東京都世田谷区)にまつわる逸話です。

ある日、彦根藩主の井伊直孝が鷹狩りの帰りに、この寺の門前まで来たときのこと。一匹の白猫が現れ、右手を上げて、しきりに寺内に入るように招くので、直孝は誘われるように境内に馬を乗り入れた直後に、激しい雷鳴とともに門前に落雷があったというのです。
危うく災難を逃れることができた直孝は、その後、荒れ果てていたこの寺に莫大な寄進をし、さらに井伊家代々の菩提寺としたといいます。

なお、このとき右手を上げて直孝を招き入れた猫の墓は、現在も豪徳寺の墓地の一角に猫観音として供養されているとのことです。また現在も、幸運を呼び込む招き猫伝説の元祖として、門前ではいろいろな張り子の猫が売られています。

また別の説では、

浅草で駄菓子屋を営んでいた老婆が、あまりに流行らないので店を閉めようかと考えていたある夜のこと。
年老いた猫が夢に現れて、「こうした格好の置物を作ったら、きっと店は繁盛する」と告げ、右手を上げて人を招くようなしぐさをしたので、夢とは思いながらも「招き猫」を作らせて店に置いたところ、飛ぶように売れて大儲けをしたという伝説もあります。

そこから、商売繁盛の縁起物になったというのです。

いずれにしても、昔から猫は、化け猫伝説もあるくらい、不思議な魔力を持つ動物と考えられてきました。また、中国の唐から猫が渡来した際、「猫面を洗って耳を過ぎれば即ち客到る」との言葉も一緒に伝来したとのことで、このあたりに招き猫伝説のルーツがありそうです。

ちなみに一般的には、右手を上げている猫は金運を、左手を上げている猫はお客を呼び込むといわれています。

絵馬に馬が書かれている理由が知りたい

社寺などの境内で見かける、馬の絵と願い事を書いた小さな板が「絵馬」です。

日本では古くから、神様が馬に乗って人間の住む俗世界に降りてきたという伝説があります。自分たちの先祖も馬に乗って〝この世″に帰ってくると信じられ、お盆になるとキュウリやナスに割り箸などを刺して、馬の形に似せた飾りを作ったりするのはそのためです。

すでに奈良時代の『続日本紀』 には、神様に生きた馬を奉納して祈願したということが書かれています。しかし、神様に生きた馬を奉納するのは、経済的負担が大き過ぎたことから、やがて馬形といって、土や木で作った馬を奉納するようになり、さらに板に馬の絵を描いて奉納するようになったのが、今日の絵馬の起源といわれます。

室町時代になると馬以外の図も描かれるようになり、さらに桃山時代になると著名な画家が描いた絵馬も現れ、それらの絵馬を掲げるための絵馬堂が建てられたこともありました。

江戸時代になると、家内安全や子宝・母乳を授けてほしいといった切実な願い、商売来盛という実利的な願いなどから絵馬を求めるようになり、民衆の間には絵馬による祈厳の風習が広まっていきました。

現在では、受験生が全国にある天満宮に出かけて、合格祈願の絵馬を奉納する習慣がさかんです。天満宮は、学間の神様といわれる菅原道真を祀った神社です。

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昔から伝わる宗教・信仰に関係することわざ

●鰯の頭も信心から
ふだんは安魚として扱われる鰯も、節分の夜には、ヒイラギの枝に頭を刺して、邪気を追い払ったことから、鰯のような安魚でも、信仰しだいでは貴重になると、若干、皮肉を込めて示したもの。

●苦しいときの神頼み
日ごろは信仰には無関心なのに、いざ困ったときが来ると、にわかに神に助けを求めて寄進したり、社寺に出かけて祈願することをいう。似たようなことわざに「せつないときの神たたき」というものもある。

●釈迦に説法
よくできた人に対して、未熟な人が知ったかぶりをしてお説法すること。「釈迦に説法、孔子に惜道」ともいう。

●さわらぬ神にたたりなし
たたりをもたらす鬼神も、寄りつかなければ災厄をこうむることはないことから、危険なこと、よけいなことに手を出したり、加わったりすることを戒めることわざ。「君子、危うきに近寄らず」という言い方もある。

●知らぬが仏
いったん知ってしまうと、不愉快なことや文句をいいたくなることもあるので、むしろ知らないでいるほうが仏のように冷静でいられる。「聞かぬが仏」「知らぬが仏、見ぬが神」ともいう。

●仏の顔も三度
もともとは「仏の顔も三度撫でれば腹が立つ」という京カルタの言葉。慈悲深い仏様でも、それに甘えて、二度、三度とお顔を撫でれば、さすがに怒りだすということで、他人に頼み事をするにも節度が必要である、ということ。

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