二十四節気カレンダーと閏月

私たちが普段利用している新暦カレンダーには、4年に一度の割合で2月を29日とする閏年(うるうどし)がある。これに対して、旧暦カレンダーでは、不定期に閏月(うるうづき)がおかれています。

ちょっと考えると年ごとに日数が変わったりするのは、非効率で不便な気もするのですが、それには生命と密接に関係する譲れない理由があります。

二十四節気カレンダーと閏月

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閏月はどのように決められたのか?

旧暦カレンダーでは、閏月のある年は、1年が13か月になります。
年ごとに一年の長さが大きく違ってくるのですが、江戸時代までは人びとはそのことに大きな不便を感じなかったといいます。

なぜ不便を感じなかったのかというと、月の満ち欠けが、かれらの生活に密接に結びついていたからです。
自然の摂理と、日々の暮らしが密接に関係していました。

自然はコンピューターのように、デジタルの絶対的な正確さはありません。

閏月は、旧暦のような自然の摂理に従った月の満ち欠けにもとづく暦と、四季の変化とのずれを調整するためにつくられたものでなのです。

そして旧暦では、太陽の沈む位置を基準に、季節を知る目安となる二十四節気が重んじられていました。

二十四節気は1月節(1月のはじめ)、1月中(1月の中心)などといったかたちで、12の月の「節」「中」と定められました。

そして12の月の中の日を含まない月が、閏月として扱われました。

二十四節気カレンダーの役割と、閏月の決め方

二十四節気旧暦カレンダーでは、29日の月と30日の月が交互にくることになります。

そのため旧暦の12か月は354日になります。
これは、新暦カレンダーのもとになる地球が太陽のまわりを一周する期間である約365日に、約2日足りません。そのために、新暦と旧暦は一年に約2日ずつずれていって、約2年8か月ごとに閏月が生じるのです。

旧暦カレンダーでは、まず二十四節気のなかの雨水(うすい)を1月中として、その日を含む月を1月としています。

そして、雨水の次の次の春分を2月中にしてその日を含む月を2月にします。

このようなかたちで穀雨がある月が3月、小満がある月が4月となります。

こうして、12の月と閏月とを決めていくのですが、暦づくりの作業は機械的にできない手間のかかるものであったことがわかります。

常に天体観測によって、二十四節気の日を決めねばならないからです。

天体観測という裏付けが必要なので、前の年の後半にならないと、次の年の旧暦が決められません。

明治2年(1869)の暦が、明治元年の後半になってはじめて発表されるようなかたちになります。

現在でも、春分と秋分の日が発表される時期が遅いので、次の年の正確な暦は、年の後半にならないと発売されません。

このような旧暦カレンダーづくりは、より自然にあった生活をするための古い時代の日本人の知恵によって行なわれてきといえるのです。

旧暦スケジュールカレンダー手帳

この和暦手帳の中には、日本文化や日本の季節観を楽しむためのヒントが散りばめられています。
大人向けのちょっとした読み物としても楽しめるので、季節の味わい方が増えたことを実感できます。

手帳の各ページに盛り込まれた様々な文様や絵、図や画なども面白い。たとえばお世話になった人へ手紙を書くときや、友人知人と世間話をするときに、この手帳に記されている季節の言葉や節気などについて盛り込んでみると、話題が広がって楽しくなりますよ。

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